あと一週間あまりで総選挙だ。新聞等の世論調査の結果が一斉に出てきた。流れは一方に大きく傾いているように見える。4年前とはまったく逆の方向へ。
 翼賛○○とか一億総○○とか、日本社会は熱しやすく冷めやすいようにできているのだろうか。
 自分自身や家族の将来、日本の未来を決める大切な一票である。ここは世間の風潮に惑わされず、落ち着いて静かに考え投票したい。

ゼロ戦の残骸

 8月はいろいろある。夏休み、広島と長崎の原爆、終戦、お盆、高校野球etc.。屋久島のある南西諸島は、第二次大戦末期には戦場となったため、被害も受けたし戦争にまつわる話がたくさんある。
 3月から6月まで続いた壮絶な沖縄戦のあった昭和20年は、3月10日東京大空襲をはじめ日本全土が米軍の攻撃を受けた年だ。屋久島も米軍機による爆撃や機銃掃射を受けたと聞く。
 島内の集落には、戦争で亡くなった方々の慰霊碑が建立されている。周辺の海には、疎開児童を乗せた対馬丸や戦艦大和など幾多の悲劇が眠っている。零戦の残骸はいまでも島のまわりに残されているという。

 太平洋戦争は、その名前からしてもわかるように海洋国家同士の覇権を競う戦争だった。南西諸島周辺の海は、いまも資源や覇権をめぐる争いから決して無縁ではない。海軍力増強の競争すら起きている。
 そんななかで、核廃絶の理想を述べたオバマ米大統領の演説には勇気付けられた人が多いのではなかろうか。現実味が乏しいのは残念ながら事実。だが、何もしないで理想に近づくことは永遠にできないのだ。

 戦後生まれがほとんどとなった現在の日本。戦争体験者が少なくなるとともに忌まわしい記憶は薄れ、実感を伴わない歴史上の出来事になってしまっている。戦争責任の認識さえ危うい。
 戦争とは殺し合いであり、勝ったほうも負けたほうも大変な損失を被るのだ。殺すのも、殺されるのも、どちらも同じ血の通った人間だ。
 戦争をなくすために戦争の記憶が受け継がれていってほしいと願うのは私一人ではあるまい。人から人へ世代を超えて伝えていくことで戦争をなくす力が生まれると考えたい。

 人類は争いを乗り越え手を結んでいってほしい。互いに利害や立場の違いを認め合い殺しあわない時代が訪れてほしい。
 戦争の記憶を次の世代に伝えなくてはならないのはそのためだ。8月は、戦争を思い出す季節であり、平和を願う季節なのだ。
 
 

日本で46年ぶりの皆既日食は、結局、場所によって天候の運不運が分かれた。
梅雨前線の思わぬ南下で、トカラや屋久島南部、種子島などは、雨模様の分厚い雲に太陽を(月も)遮られてしまった。
奄美、喜界島、屋久島西北部などは、パーフェクトとまではいかなくとも、太陽が月によって欠け満ちるさまを観測できたとか。コロナやダイヤモンドリングまで見られた幸運な方もいたようで良かった。

日本国中(世界中?)でフィーバーした皆既日食の映像が、もうネットから見られるようになっている。NHKは、生中継番組の一部(硫黄島と太平洋上の船から撮影したもの)を、放送終了直後に番組サイトとYouTubeで公開した。
 

 

 
(続きは、「かごしま・島交流の会」サイトで)
 
 

日本で46年ぶりの皆既日食だったが、あいにくの雨降りや曇りで、残念ながら屋久島南部で日食を見ることはできなかった。

日食撮影用カメラ

噂によると、宮之浦から永田の方面では、雲の切れ間からチラッと見られたとか、ダイヤモンドリングもばっちりだったとからしい。日食を見ようと南に向かった人は見ることができず、島の西北部に残った人は見ることができたという皮肉な結果に・・・・・
(続きは、「屋久島発 田舎暮し通信」ブログで)
 
 

無情な雨雲レーダー。
いえいえ、レーダーが無情ではなくて、雨雲が恨めしい。
皆既日食の当日を迎えた屋久島だが、これでは日食が見られない。
奇跡がおきてほしいとみな願っている。

(tenki.jpサイトからのレーダー画像が表示されるまで時間がかかる場合があります。画像をクリックすると拡大します)


 
 
皆既日食観測で来島された方々が情報交換の場として利用しているネットの掲示板でも、天気情報が最大の関心事である。
≫皆既日食2009掲示板

でも、もしも望みどおりの結果を得られなくても、気を取り直して屋久島を楽しんでいってほしい。山も、海も、里も、きっと屋久島はあなたに答えてくれるでしょう。
 
 

7月22日皆既日食の本番がいよいよ明日に迫りました。気になる天候は?
微妙なところらしいです。日本気象協会サイトに各地の晴天率が示されていますからご参考まで。

安房の夏祭り

一週間前まではお日様がずらりと並んだ九州地方のお天気マークでしたが、全国的に傘の絵柄に変わってしまいました。でも・・・・・
(続きはかごしま島交流・南の島暮らしブログで)
 
 

鹿児島の島々の移住・交流をネットワークする「かごしま・島交流の会」は、この度、『2009年皆既日食 イベントカレンダー』を設置しました。

2009年皆既日食 イベントカレンダー
 http://iju.jp/eclipse2009cal.html

 
7月22日皆既日食に関連して、種子島、屋久島、トカラ列島、奄美大島、喜界島などで行われる祭り、ライブ、展示会、観測会などのイベント情報を、まとめてgoogleカレンダーに掲載し、観測ツアー等で来訪される方々の便宜に供しようとの趣旨です。
ビッグなアーティストの出演する音楽祭や、未来を担う子どもたちのための展示会など、皆既日食期間中に予定される数々のイベントは、いま準備に大忙しではないでしょうか。

天候等で変更の可能性もありますので、各イベントの詳細については主催者にお確かめください。カレンダーへのイベント情報掲載のご希望や、お気付きの点がありましたら島交流の会へご連絡ください。

皆既日食情報をもっと詳しくご覧になりたいときは、島交流の会サイトで。
 

アースデイ屋久島 フライヤー 私たちのいのちの源である地球を守るため、できることから始めようと、みなで一緒に考えるアースデイ(地球の日)イベントが今年、屋久島でも開催されます。

 島在住のみんなで集まって行う2回の手作りイベントです。
 1回目は4月12日、屋久島総合自然公園で、森のキャンドルライブなど。
 2回目は4月22日、永田浜で、ごみそうじの内容です。

 NPO緑の風も協力します。久しぶり(?)の屋久島のアースデイに、皆様ぜひご参加を。

 こちらのブログにも案内記事があるので、どうぞご覧ください。
 
 

EARTHDAY YAKUSHIMA
 アースデイ   屋久島

 アースデイとは、私達の住んでいる命の根源であるこの美しい生命体である地球に感謝し愛して、様々な環境問題に、今自分に何ができるかを皆であらためて考え行動する日です。
 世界的に4月22日がこのアースデイとされています。毎日が、アースデイの様な気持ちでいたいですね。
 
 

1.森のキャンドルライブとワークショップ、お絵かき

 
■日 時: 4月12日(日) 13:00~21:00頃

■会 場: 屋久島総合自然公園(宮之浦)  →地図

LIVE
 ●ナーヤ   クリスタルボール (from永田)
 ●聖 美    シンギング・リン (from平内)
 ●オーチャン  ハング、口琴 (from福岡)
 ●ロード    ディジュリデゥ (from名古屋)
 ●虫 丸   舞踏 (from永田)
 ●くるみ   歌 (from麦生)
 ●火 男   ファイヤーダンス (from一湊)
 ●アースデイ 飛び入り歓迎!
       バンド アースデイ グルーヴィン!

※日暮れたら、キャンドルが灯ります。
※雨天の場合は自然公園内の休憩舎で行います。

ワークショップ
キャンドルホルダー作り 14:00~
空きペットボトルでキャンドルホルダーを作り、星空の時間に一緒にあかりをともしませんか? 
※2リットルの空きペットボトル(キャップも使う)と、ナイフ(カッターナイフ)ご持参のご協力をお願いします。

キッズお絵かきコーナー
筆やペン、手などで自由おえかきみんなでワイワイ。何があらわれる?
※絵の具クレヨン等の画材持って来てくれるとうれしいです。
 
 

2.ウミガメの浜をきれいに!海岸清掃

 
■日 時: 4月22日(水) 10:00~13:00頃

■会 場: 永田の前浜(中地公園前)  →地図

海岸のごみ拾いを一緒にしてくれる方を募集しています。
※持ち物は弁当、水筒。 雨天中止です。
 
 
■参加費はどちらも無料ですが、よかったらカンパお願いします。

■主催/アースデイ屋久島実行委員会 (責任者:中島久美子)
  TEL:0997-49-6698  ケータイ:080-5212-8633

     *     *     *     *     *     *

参考:
≫アースデイJP
≫アースデイ東京2009

アースデイ屋久島は、次の各Webサイトで案内されています。
○Yahoo! JAPAN イベント情報
http://local.yahoo.co.jp/detail/event/p10010068/
○アースデイJP 全国のアースデイ情報
http://www.earthday.jp/earthday/singlelink.php?lid=125
 
 

 山は大雪、フェリーは欠航。悪天候で迎えた屋久島の正月だが、世の中は大きな転換点にあるようだ。
 昨年、百年に一回の津波といわれる経済危機で、世界の景気が急に悪くなった。株が下がった、受注が無い、資金繰りが厳しい、売上が落ち込んだという話をあちこちで聞く。派遣切り、雇い止め、内定取り消し。雇用不安が不況の空気を一層広げている。大晦日、日比谷公園に「派遣村」ができたと聞いて行ってみた。

年越し派遣村の受付テント

派遣村の風景

 
 年越し派遣村は、公的サービスが受けられない年末年始の期間、仕事と住まいを失った労働者に食事と眠る場所を確保しようと、もやい等NPO法人や全国ユニオンなど労働組合が共同で開設したものだ。寒空で夜をすごせば命にかかわる。困ったときの助け合いだ。
 世界大競争(グローバリゼーション)の下、日本のトップ企業は雇用をないがしろにしても内部留保を守ろうと懸命になっている。真っ先にやったことは派遣切り。企業の社会的責任(CSR)が問われている中、口では雇用を守ると言いながら、忌々しいことだ。競争力の源は人の力なのに、人間を大切にしない企業に明日があるのだろうか。
 公園の暗闇の中では、組合スタッフやボランティアの若者たちが多勢動き回っていた。大型テントのテレビでは紅白も見られたようだ。年明け以降も、入村者は次々に増えた。

 医療、年金、失業保険、生活保護etc.財政支出の切り下げもあって日本のセーフティーネット(=生活の安全網)が危うい。憲法で保障された生存権の危機だ。高齢者など弱者の切捨て政策を政府が行っていると非難の声が多い。
 規制緩和の結果、働く人三人に一人が非正規となった日本。雇い止めされた者にとって“正月どころじゃない”事態だ。ハローワークは年末30日まで業務を延長したそうだが、365日休みなしのコンビニ時代に役人はその程度しかできないのかと残念に思った。
 ここ何年も日本では、一日約90人が自殺しているという。中高年男性が過半を占め、多くは経済的理由からだと聞く。殺伐とした世の中で、ホームレスを支援する民間ボランティア、介護や福祉の低賃金の現場、国が面倒を見ないならと手を挙げる市民や自治体がある。いま社会は心ある人々が支えている。せめてもの救いか。

 セーフティーネット危機の原因を作ったといわれる小泉改革の功罪が論じられている。時代遅れの国の仕組みを大胆に変えようとした点は高評価。変えた方向が必ずしも良くなかったという意見がいま主流。国家主義的な政策がドンドン実行され、憲法を変えよう守ろうの国論分裂の危機を招いたのも確か。一昨年は、平和と人権をうたった現行憲法改悪反対の運動が盛り上がった。
 なにより、「勝ち組」「負け組み」という言葉に象徴される格差をもたらし、いまの不安定な社会構造を生み出したのは、新自由主義経済をやみくもに推進したからだ。改革の出発点に一旦もどることが肝要ではなかろうか。

 国のセーフティーネットの低下を、助け合い・支えあいの心が補う。14年前の阪神大震災のとき、ボランティア活動の助けが大きな力となった。地域コミュニティ再生の必要性も認識された。「ロスジェネ」誌や反貧困ネットワークの創設などは、弱者の相互扶助システムづくりの一歩だ。本来、行政サービスが担うべきことを、市民自身がやり始めている。新たな公共体の出現である。(参考:NHK視点・論点「シリーズ格差・貧困」
 格差社会の拡大に対し、政府が手をこまねいて何もできない現状は悲しい。派遣村の風景が今年限りであってほしいと強く願う。

年越し派遣村の大型テント

世界恐慌からニューディールへ

 
 年末から元旦の新聞の社説やコラムに目を通してみた。各社とも、百年に一度といわれる深刻な経済危機の原因が市場原理主義の行き過ぎにあったと述べ、人間らしさを取り戻して危機を乗り越えようと説く。「新自由主義の崩落」(読売)、「人に優しい社会を」(毎日)、「人間社会を再構築しよう」(東京)、「人間が主役」(朝日)などの文言が各紙に並ぶ。「危機をチャンスに」「格差を生まない構造改革」や「緑のニューディール」などが、「人口減社会」となった日本の進む道としている。
 「百年規模」というグリーンスパン元FRB議長の発言が大きく取上げられたのは、1929年の世界恐慌に匹敵するほどの信用収縮からだが、同時に、今いくつかの歴史的大転換が起こっているという背景を知る必要がある。

 まず、ペーパーマネー(不換紙幣)体制が崩壊したこと。レバレッジ(てこ)を利かして何倍もの信用膨張をさせてきた金融システムが、サブプライムローンの破綻をきっかけにいよいよ行き詰った。米の住宅バブルにより支えられていた世界の様々なバブル(一例として資源高)が一斉にはじけ、しばらくは巨額マネーの行き所がない。マネーゲームの時代は変わる。
 もっと大きな転換は、石油の世紀がそろそろ終わるということ。日本を含めた世界の自動車メーカーの売上が急落した原因は、単に燃料高や不況のせいではない。温暖化という地球・人類の危機に消費者が敏感になっているからだという。
 資源、とりわけ石油の奪い合いは、近代以降いくつもの大きな戦争を産んだ。300万人以上の日本人が亡くなった太平洋戦争は、列強の資源封鎖が引き金となった。今行われているイラク戦争の原因も石油だ。中東、アジア、アフリカなど各地で行われている戦闘は正月も続き、今この瞬間にも大切な命が失われている。石油を主要エネルギーとした時代を終わらせることができれば、戦争をなくしたいとの人類の願いに近づくことになる。

 文明発祥の地、中国、インドが数世紀ぶりに歴史の表舞台に戻ってきたこともある。インターネットの進化で地球はますます狭くなった。IT化はさらに進み、グローバル化を加速させている。技術進化の負の側面は大きいが誰も止めることができない。ロボット化や原子力もそうだ。そして変化が蓄積し、パラダイム(枠組み)の大転換が起こる。
 化石燃料の大量消費は地球環境に危機をもたらした。過剰生産と過剰消費は格差を生み、世界に争いを蔓延させた。便利さはリスクを伴うことがわかったので、道具に使われることを止め人間らしさを取り戻したいと人々が考えるようになった。工業社会から脱工業社会へ、大いなる過渡期が始まっている。

 未来社会は、石油や穀物を燃料にしない車が当たり前になるだろう。移動手段としての車がなくならないことが前提だ。介護ロボットは普通になり、危険な作業を人間が直接やることが減るだろう。エネルギーやコミュニケーション技術の革新が進み、産業構造の変革に成功する。外国人労働者や移民をもっと受け入れるようになり、地域社会も流動化して、少子化のスピードが緩やかになる。
 ロハスなライフスタイル、都会生活と田園生活を交互に楽しむ人々が増え、第一次産業はいまよりもっと見直される。都会の非正規労働の若者たちが田舎に移住し、農業従事者が増え、食料自給率が回復し、環境や食料などの安全保障で日本は世界へ貢献できるようになるだろう。屋久島では、自然遺産の文明的意味と生命の真理を研究する施設ができ、世界中の学者が集って情報発信するようになるだろう。
 以上は、日本版グリーンニューディールが実行されればの話し。だが、緑の産業創造が目標とする循環型社会実現のために、農林業への期待は大きいのだ。現実に、農業を志す若者は増え、各地で新しい試みが始まっている。

日比谷公園隣のホテルのイルミネーション

屋久島の風景

 
 変革期であっても、社会の貧困が眼前の課題であることに変わりはない。否むしろ、貧困を乗り越えることが世界の平和や人類の幸福につながるのだ。
 海に隔てられた離島でも問題は同じ。平和な島、屋久島にも、2009年は厳しい現実が及ぶかもしれない。不景気の波が押し寄せ、観光客の増加を期待することはもはやできず、雇用不安が若者を襲う事態もありうる。就業機会の少ない島社会では、バブルの後遺症は長引くものだ。世界遺産と浮かれているうちに自然の荒廃が進んだので、回復には大変なエネルギーを要するにちがいない。

 私は終わりの方の団塊世代だ。生れてからの半世紀は、戦後の高度経済成長、二度のオイルショック、空前のバブル経済、その後の失われた10年(15年)、そして世界金融バブルと、経済の山と谷が交互に訪れた。その都度、社会システムは変った。
 子供の頃遊んだ野山は、いま東西の大動脈の高速道路の下にある。都市近郊から失われた懐かしい田舎の原風景。いまも地方の田舎に行けば残っている。ところが、屋久島はもっと古い時代の日本の原風景だ。ここでは、縄文や弥生の時代の大自然が見られるような気がする。人間が自然を怖れ、敬い、自然の恵みをいただいて生きてきた頃の風景があると、私にもしっかり感じられるのだ。

 生命の多様性が屋久島の宝だ。人類は核の恐怖と地球温暖化の現実を知って科学万能神話を遠ざけた。いま多くの人々が共生社会の実現を願ってさまざまな活動を始めている。ひとりひとりが主役の時代が訪れている。
 「気付きから、行動へ」と呼びかける人、連帯(ネットワーク)や人の輪(和)作りにいそしむ人、自己実現と社会貢献活動を両立させる人。人は表現をするため生れる。生れてから死ぬまで人間は自分を表現し続ける。
 「冬の天気はこんなもんさ」と、屋久島に移住して何年もたつとわかってくるそうだ。屋久島の生きる道は、多くの先達が示してくれている。幸いなことに屋久島ブームはまだ続くだろう。テレビ、雑誌等メディアが宣伝したおかげで観光客は増加した。今年7月には皆既日食もある。稼ぐ好機は失くなっていない。

 問題は、いままでハッキリした方針の下に準備をしてこなかったこと。漠然と右肩上がりの流れにただ任せ、観光業や一次産業を発展させるシステム作りを怠ってきたことは否定しようがない。入島税や入山税の議論を何年も続けながら結論を出してこなかったことだけ見ても明らかだ。国が悪い、県が、町が、協会がと、責任を押付けあっている場合ではない。いまからでも遅くないからまず一歩を踏み出すべきだ。そういう意味では、県の入山税実施に期待する。誤ったら修正すればよいのだ。
 必ずしも評判が良いとはいえない観光業のサービス向上も欠かせない。観光立島には、高品質なもてなしでリピーターを増やすことが必須なのだ。
 また、屋久島丸の就航など強気策も結構だが、大型フェリー2隻の不毛な争いは井の中の蛙を見るようで情けない。許認可でしばられている経済分野はわかりづらいが、南西諸島全体に視野を広げて広域遊覧するなど、発展的なけんかなら大歓迎だ。

 もしも屋久島で経済危機が深刻になったら、逆にピンチをチャンスに転じればよいのだ。人口減はまず経済の、そして社会全体の活力を削ぐ。自然条件に恵まれた屋久島は半自給自足が可能で、身の丈にあった暮らしは幸せに通じる。だが、持続可能な社会づくりに経済の活力は欠かせない。
 何もしなければいずれは島全体が限界集落に近づき、衰退へと向かうのみ。過疎地の町では、人口増を公約に掲げた首長が当選する時代だ。都会で職を失った若者は、離島で受け入れればよいと思う。仕事は緑の雇用で創り出せばよいのだ。時代の転換点を見据えて、三歩先を想い描き、一歩先を見据え、半歩先を実行すれば、グリーンニューディールがもたらす未来の幸福に到達することは不可能ではないだろう。

 NPOを作るにあたって、「緑の風」と命名したのは屋久島自適塾主宰の礒邊自適氏だ。とても良い名前と思っている。
 一年目は移住支援活動以外できなかったが、二年目の昨年、NPOは移住者と共に地域づくりを行っていこうと方向性を固めることができた。「屋久島移住ネットワーク」とした意味も、おいおいと具体的にわかってもらえればと思っている。
 今年は、「緑」の名前にふさわしい活動が始められそうだと期待している。いずれは屋久島に緑の空気が満ち、屋久島から緑の空気が世界に流れるようになればと願う。風まかせにはしたくない。

以上は、WEB管理人ミナミの個人的な意見であり、NPO法人としての見解ではないので念のため。
 
 

 NPO緑の風は、2009年1月17日(土)~20日(火)、『屋久島を体験しよう!屋久島にいいことしよう!滞在・交流体験ツアー』を行います。

西部林道(世界遺産登録地)

 世界自然遺産に登録されて今年で15年。屋久島は、恵まれた自然環境から移住希望者の多い島です。地元と移住者が協力して地域づくりを行っていくために、屋久島らしい移住のあり方を皆様と一緒に考えようと、NPOはこの秋、屋久島と東京で2回の移住シンポジウムを開催しました。「エコライフ・エコエリアで移住の受け皿モデルづくり」がテーマでした。

 縄文の昔から自然と共生してきた屋久島で、自然の恵みを知り、島で暮らす人々と語り、エコ活動をする3泊4日の体験ツアーです。世界遺産登録地の林道を歩きながらゴミを拾い、屋久島のすばらしい自然を感じられる『地球にいいことしよう!西部林道ごみゼロウオーク』に、あなたも参加しませんか?

屋久島で、地球にいい暮らししませんか?

 屋久島を体験する! (農業体験・生活体験など)
  屋久島で地球にいいことする! (西部林道ごみゼロウオークなど)
   屋久島でちょっと暮らす! (集落に民泊、自給自足体験など)
    屋久島の人と話す! (移住者宅を訪問、地元交流会など)

屋久島滞在・交流体験ツアーちらし 屋久島はのんびり暮らせる南の島。移住やロングステイにふさわしいところです。半自給自足も可能で、エコライフが好きな若者世代も、晴耕雨読にあこがれるシニア世代も、みんな屋久島を候補地に挙げています。

 NPO緑の風は、地元と移住者が協力して、地球にいい暮らしができ経済が循環するエコエリア作りを進めたいと思っています。世界遺産の環境保全と地域経済発展の両立が、屋久島に必要と考えているからです。だからツアーでは、屋久島に滞在し環境学習、生活体験、農業体験などを行なってもらいます。地域づくりや社会貢献活動に移住者が参加している例もお伝えします。

 屋久島の暮らしを知りたいと思う方、2地域居住や定住をお考えで「お試し暮らし」をしたい方、豊かな自然の中で子育てを望む方、環境を守る活動を知りたい方等々、皆様のご参加を歓迎します。

  「屋久島 滞在・交流体験ツアー」募集要項

■日時: 2009年1月17日(土)~20日(火)・3泊4日
※2日以上の参加を要します。上記日程を含む1泊2日以上でご来島ください。

■内容:
1日目 1月17日(土)
 吉田の空き家で生活体験、鯖節工場見学、公民館にてお茶会、集落に民泊(宿泊可能人数は5名まで、希望者のみ)
2日目 1月18日(日)
 「西部林道ごみゼロウォーク」で環境学習、移住者宅を訪問し移住体験を聞く、自給自足体験
3日目 1月19日(月)
 湯泊のタンカン園手入れ作業など農業体験、町営団地や島内不動産各社の物件見学、移住相談
4日目 1月20日(火)
 森と川の自然体験、サバイバル体験、リラクゼーションなどオプション予定

交流体験ツアーるーとまっぷ

■定員: 30名(先着順)  募集期限: 2009年1月13日

■参加費用: お1人4日間1万円 (日数により割り引きご相談ください)
※屋久島までの交通費と宿泊費はご本人負担でお願いいたします。民泊とオプションは別途に数千円要。空港・港までの送迎いたします。

※スケジュール日程はこちらの予定表(PDF形式)もご覧ください。天候等で変更する可能性もありますので、予めご承知ください。17日の宿泊場所は、翌日の日程の都合で、吉田集落で民泊、または永田地区へ宿泊をお願いいたします。

※屋久島までの交通アクセスや宿泊先探しなどでお困りの場合はお気軽にご相談ください。

≫案内ちらし(PDF形式)   ≫案内ちらし2(PDF形式)
≫スケジュール予定表(PDF形式)
≫るーとまっぷ(PDF形式)
≫プレスリリース(PDF形式)
昨年の移住体験ツアーの報告記事はこちら

■お問い合わせ・お申し込み先:
NPO法人屋久島移住ネットワーク・緑の風
 〒891-4403 鹿児島県熊毛郡屋久島町原914番地
 電話 0997-47-3335  携帯 080-5485-1440(担当:杉浦)
 E-mail seminar@iju.jp
 URL http://midorinokaze.iju.jp/
 
 
 本イベントは次の各メディアに情報掲載されています。
Yahoo! イベント情報に掲載されました。
屋久島ポータルサイト「屋久島リアルウェイブ」で案内されました。
『鹿児島インターネットテレビ 局長日記』で案内されました。
JOIN(移住・交流推進機構)ブログ「緑の風から鹿児島・屋久島の移住案内」で案内。
・ 鹿児島のしま情報サイト&メルマガ「しまのサポーター」で案内。
・ 鹿児島情報のメールマガジン「かごしまふぁんネットメール」で案内。

 NPO緑の風は「かごしま・くらし」を進める事業として今年度、次を実施中です。
屋久島でのシンポジウム開催
東京でのシンポジウム開催
滞在型交流体験ツアーの実施
移住アンケートの実施と地域コンセルジュの育成
皆様のご支援、ご協力をお願いいたします。
 
 

おじゃんせ(おいでください)霧島市
 悠久の時を超え、神々が宿る霧島連山。街を包むゆったりとした時間の流れ。温泉のぬくもりや人とのふれあい、継承されゆく歴史がやんわり心を癒すまち霧島市。
霧島市上空より

 第10回かごしま移住・交流ワークショップは、いつも遊楽館で行なっているものとちょっと形を変え、認定NPOふるさと回帰支援センターが主催する「鹿児島県霧島市定住促進セミナー」に協力して、『かごしま移住相談会』を開催します。
 鹿児島県内への移住や2地域居住のため「おためし暮らし」を希望される方、長期滞在などをお考えの方、ぜひご参加ください。
チラシをこちらからダウンロードできます =PDF形式
 

1月かごしま移住・交流ワークショップ
 
   ~かごしま移住相談会~

■ 日時: 2009年1月17日(土)13:30~16:00(移住相談は3時から)

■ 会場: ふるさと暮らし情報センター
 中央区銀座4-14-11 七十七ビル3階 TEL:03-3543-0333
 地下鉄日比谷線東銀座駅5番出口 階段を上がった前のビル

■ 参加費:無料  参考サイト: おじゃんせ霧島 ・ 鹿児島県 霧島市

■ お問合せ・連絡先: NPO緑の風 東京事務所
 E-mail: seminar@iju.jp
 TEL: 03-3263-7741 (杉浦まで)
 
 
 本イベントは、次の各Webサイトで案内されています。
○鹿児島県:かごしまへの移住・交流
http://www.pref.kagoshima.jp/pr/koryu/event/workshop.html
○かごしま遊楽館
http://www.pref.kagoshima.jp/yurakukan/
○認定NPOふるさと回帰支援センター
http://www.furusatokaiki.net/
 
 

第9回かごしま移住・交流ワークショップが12月13日(土)、東京有楽町駅前のかごしま遊楽館で行われた。「奄美・沖永良部島の暮しを考える」をテーマに、島の紹介と移住相談、質疑応答などの内容。
冒頭、主催側から「年内最後のワークショップとなりました」と、かごしま遊楽館移住相談窓口の野田課長がご挨拶。
第9回移住・交流ワークショップで野田氏

続いて、えらぶ移住支援センター三沢代表が、「遊ぶ島より暮らす島」沖永良部を丁寧な作りの資料を元に案内。
沖永良部島は奄美諸島の南西部、与論島の北方に位置し、面積約94平方キロ、人口約14500人(屋久島よりちょっと多い)。知名町と和泊町があること。花と野菜が基幹産業。一年中花が絶えない島で、春のフラワーフェスティバルは有名。西郷さんも滞在したことがある。
島へのアクセスは空と海の定期航路のほか、沖縄からチャーター便のエアドルフィン(意外と安い)がある。ダイビングは、目の前でイソマグロなど大型回遊魚が見られ特別ダイナミック等々。
第9回移住・交流ワークショップで三沢氏

花の島で農業をやりたいという30代男性や定年後の移住先を探しているという50代男性など、一般参加者とスタッフ・関係者合わせて12名の参加があった。鹿児島県事務所の会議室(遊楽館9階)は満杯。老後をペットたちと暮らしたいという女性は、7月のかごしま移住セミナーや先月の鹿児島市ワークショップにも参加された方だった。

「数年前から移住サポート業務を始め、移住支援コンサルティング(株)を設立。昨年5月大島新聞に掲載された。移住の前のお試し期間として利用してもらいたいため『島暮らし体験ハウス』を運営している(現在休止中)。いままで沖永良部島の移住者は多くないが、ほとんど定着して帰る人は少ない。
住むところを変えようとすると移住になる。沖永良部も移住の候補地に入れて欲しい。えらぶ支援センターを、移住関連業務が集約された窓口として利用して欲しい」と三沢氏。
第9回移住・交流ワークショップの参加者

ワークショップの中でいくつか質問があった。仕事探しへの答えは、病院・福祉関係を除いて仕事がたくさんあるわけではないが、収穫期は猫の手も借りたいほど人手が足りない。ハローワーク情報でというより、口コミで仕事を探す人が多い。これは住宅・土地探しでも同じ、とのこと。
沖永良部は農業の島。長年手間隙かけて農地を整備してきて、年収一千万円を超える農家もたくさんある。だから遊休農地は少ない。新規就農のハードルを、これから役場や農協に下げていってもらいたいとも。

昼間人を見かけないがなぜ?との疑問に、奄美市東京事務所長山田氏が、島人は暑い日中を避けて朝夕涼しいときに勤勉に働いている、夜は飲み会やらでにぎやかだと説明。
島に二町あるが行政(の支援)は?の質問に、和泊町の三沢氏に代わって山田氏が事情を説明。両町が合併しない理由はいろいろあり、一町にはしばらくならないだろうとのこと。三沢氏が、支援センターが町に働きかけ商工会や観光協会などと移住促進の連絡協議会を立ち上げることになったこと、知名町と一緒に島全体で移住者を受け入れる機運を盛り上げていきたいと話した。
第9回移住・交流ワークショップで本園氏

後半参加された奄美旅行センター(本社・与論町)代表本園氏から、「沖永良部島と与論島はよく似ている、どちらも海から浮き上がってできた隆起サンゴの島、だからハブがいない。違いは、沖永良部は農業立島、ヨロンは観光立島であること。島暮らしに慣れるまで時間がかかるかもしれないが、暖かい南の島なのでのんびりできる。
私はふるさと回帰運動にも参加している。第一線を退いた方も若い人も、島へ何かを持って来てほしい。受け入れサービスの提供を求めるというよりも、希望を言ってほしい」と話しがあった。
 
 
今回のワークショップの資料請求や沖永良部島への移住について問い合わせは、かごしま遊楽館9階の移住相談窓口(TEL:03‐3506‐9177)へ。
※参考: 沖永良部島で田舎暮らし~えらぶ移住支援センター

次回のワークショップは1月17日(土)。「霧島市移住・交流ワークショップ・移住相談~おじゃんせ(おいでください)霧島市~」を開催予定。続く2月・3月は、屋久島の案内やいままで一年間のワークショップのまとめを考えている。
2008年度ワークショップの日程・内容一覧PDFはこちら
 
 

前回に続き今回も、かごしま遊楽館作成のレポートを元にご報告します。

第8回かごしま移住・交流ワークショップが11月22日、東京有楽町駅前のかごしま遊楽館で行われた。
「篤姫の古里の歴史ロマンと食、自然を考える」をテーマに、鹿児島市東京事務所秋野次長よる元気都市かごしまのこだわりの歴史・文化・自然や観光などの紹介と質疑応答の内容だった。

鹿児島市移住・交流ワークショップ
「いま鹿児島は篤姫に沸いている。市は基礎的財政収支は黒字を堅持している。市が重点的に取り組んでいることは、地球のため未来のための環境リーディング鹿児島の創造、人が行き交うにぎわいと活力あふれる魅力多彩なまちづくり、全ての世代が生き生きと健やかに暮らせるまちづくり、市民みんなで支え合う住みよい安全な地域社会づくり、分権時代に対応した自主自立の行財政運営の推進など。

移住に対する考え方は、就業対策、地域コミュニティ関係、グリーンツーリズム等の取組みは行っているが、正直、特別な移住交流施策はない。まずは観光等でおいでいただき、さらに一定期間生活してもらって、鹿児島市の魅力を感じていただけたらと思う。観光を将来的には移住につなげてもらいたい」と、秋野氏。

鹿児島市移住・交流ワークショップ
後半の自由討論・質疑の時間では、「暖かい場所への移住を希望している。鹿児島は、天候、気候、人情等すべて素晴らしいと聞いている。今日から移住したいと思っても、すぐに行動できるような、きめ細やかな情報を提供してほしい。特に住宅情報。家賃、ペットの可否、中心市街地からの距離等別に。高年齢になるとインターネット等で検索することができないので」という参加者の意見があった。
また、「各地で行われる移住体験ツアー等への旅費補助を行ってほしい。居住地からツアー会場まではほとんどが実費負担。低所得者にはきつい」と、各地で行なわれている体験ツアーへの感想。
更に、「お試し暮らしができる施設を増やして欲しい。民間の施設が多いと思うが、利用者が低価格で利用できるよう地元自治体等で補助してほしい」と、行政への要望もあった。
 
 
今回のワークショップの内容や鹿児島市への移住についての問い合わせは、かごしま遊楽館9階の移住相談窓口(TEL:03‐3506‐9177)へ。
※参考: 鹿児島市ホームページ

次回のワークショップは12月13日(土)。「奄美・沖永良部移住・交流ワークショップ・移住相談~奄美・沖永良部島の暮しを考える~」を開催。続く1月は、霧島市を案内する予定。
2008年度ワークショップの日程・内容一覧PDFはこちら
 
 

NPO緑の風は11月22日、「エコエリア、エコライフによる移住の受け皿モデルづくり」をテーマに、二回目の屋久島移住シンポジウムを東京で開いた。
第2回シンポジウムお知らせの記事はこちら

屋久島移住シンポジウムは、屋久島らしい移住のありかたを考えるのが目的。第2回は、10月25日に屋久島で開いた第1回を受けてのものだった。
第1回シンポジウムの報告記事。 当日プログラムPDFはこちら

第2回屋久島移住シンポジウム
会場は、東京都千代田区神田神保町の日本工業大学大学院の記念ホールをお借りした。神田の古書街の真ん中、岩波ホールの並び、靖国通りに面した建物。周辺には大学のキャンパスが立ち並び、落ち着いた雰囲気が漂う。土曜の午後の神田界隈は、古書店を巡る人々で溢れていた。

参加は、20代から50代までの屋久島移住に関心のある男女と、出演者・スタッフ合わせて約30名。移住希望の30代夫婦や旅行やロングステイ(長期滞在)を検討中など、ご夫婦は3組参加された。参加動機などアンケートに答えていただいたので、詳しくは文末の資料から見てほしい。

第2回屋久島移住シンポジウム
出演は、前半の基調講演に屋久島から参加された柴鉄生氏。後半パネルディスカッションに柴氏、菊池淑廣氏(屋久島メッセンジャー)、利根川治夫氏(ふるさと回帰支援センター)、星野智子氏(環境パートナ ーシップ会議)の方々。NPO緑の風より杉浦事務局長。
(出演者のプロフィールを文末資料の当日プログラムでご覧ください)

冒頭、かごしま遊楽館の野田課長より、「NPO緑の風による屋久島の移住の受け皿モデルづくりを、『かごしま・くらし』を進める活動助成事業として実施しているところ。交流体験ツアーなどで屋久島らしい交流をして、移住・交流の『屋久島モデル』をつくり、地域の活性化につながることを期待している」とご挨拶があった。

第2回屋久島移住シンポジウム
基調講演で柴氏は、「1970年代、『屋久島の森を守る会』を結成し原生林を守る運動を始めた。縄文的知恵と伝統を大切に生きてきた島人にとっても、移住希望者やすべての人にとっても、自然と共生する屋久島はかけがえのないところだ。島の伝統と知恵を守るために大事と思い復活した山に入る儀礼の『嶽(だけ)参り』を、今後も続けていきたい」と、熱意を込めて語った。

後半のパネルディスカッションでは、コーディネーター星野氏より「第1回シンポジウムは島の中から考えた。第2回は外部から屋久島を考える場。基調講演で柴さんより、伝統や知恵を共有したいとあったが、屋久島モデル作りについてフロアの参加者も交えて議論したい」とあり、「自然を守るためにはお金がかかる。観光ブームで自然が荒れるが、入島税や入山税は難しい。旅行業者もお金を払うべきでは。屋久島は全国でも特殊な地域だ。恵まれている。仕組みづくりには研究者との連携が有効」と利根川氏。
「第1回シンポジウムでは住宅の問題を出席されていた町長にお願いした。『生命』がキーワードと思う。屋久島モデルのエコライフ・エコエリアのエコを人間らしい生き方と置き換えればわかりやすい。屋久島だったらそれができるのでは」と菊池氏。
「屋久島の本質は自然の恵みをいただくゼロエミッション。生命の豊かさがあってこそ観光やエコが生きる。島に伝わる伝統と知恵を共有しながら自然との共生をめざす『屋久島モデル』をいまこそ確立すべき」と柴氏。

第2回屋久島移住シンポジウム
過疎化・高齢化対策のために移住促進活動を行う地域が多い中で、移住のあり方を考える機会はそう多くないと思う。移住希望者が多い屋久島ならではのことかもしれない。地元と移住者が協力し、世界遺産の環境保全と地域経済発展の両立を、屋久島らしい移住の受け皿モデル(=屋久島モデル)の形成によってめざそうという主題に沿って、基調講演と、パネルディスカッションの議論は進められた。

ほかに、NPO事務局から、地域づくりの事例発表など第1回シンポジウムの簡単な報告があった。移住の現状アンケートとして屋久島全26地区の区長さんから聞き取りを行った結果、移住者数は島人口1万4千人弱のうち約千人弱、移住者世帯数は約600世帯で、全6600世帯の1割弱を占めることがわかった。

第2回屋久島移住シンポジウム
後半最後の30分はクエスチョンタイム。緑の風のイベントは、できるだけ参加者全員に発言してもらいたいがモットー。市民参加を促す目的があるのだ。
「島外の人間が来ることによっての迷惑やギャップで生じていること、またはそれによってよかった点などあれば聞きたい」や「住宅事情を知りたい」、「森の担い手の状況はどうか?」、「山村留学について教えてほしい」などの質問があった。
「トイレの問題などある。可能であれば山に入っていけない期間を作ってほしい」、「屋久島でスピリチュアルな体験を友人がした。神々しいイメージがある島だ。世界から注目されているので、日本の雛形のようなものを屋久島に担ってもらいたい」、「環境を守ることと移住促進は矛盾かもしれない。人が増えると環境がどうなるかがこれからの課題になると思う。屋久島では移住者にどのくらい援助があるのか。移住するには仕事が必要だが、企業は少ない。林業を盛んにするのも一方法。小さな島で生きていくために皆で考えていきたい」という意見も。

また、「移住シンポジウムの割には環境問題にウエイトが高いと感じた。移住したほうが良いのか?移住する人は何を期待されているのか?」と、議論を促す意見もいただいた。
「環境に負荷をかけない生き方を望む移住者が増えつつある。世界自然遺産の島ということで、屋久島は他地域に率先してエコエリアを目指すべき。移住アンケートで多くの区長さんから地元とコミュニケーションをとろうとしない人には来てほしくないという意見があったが、移住者は地域づくりに積極的にかかわってほしい」とNPO事務局。
「今日はキーワードをたくさん貰った。いのちがつながる、人間らしい生き方ができるのが屋久島と思う。移住する人はお客様としてではなく、生命を大切に地元と一緒に地域づくりをやっていくことが『屋久島モデル』になる」と、星野氏がまとめた。
第2回屋久島移住シンポジウム
(上は、第2回シンポジウムを報じた南日本新聞の記事。クリックすると拡大します)
“移住のあり方”について聞きたい、考えたい、議論したいという方が多かったのだろうか、移住相談は希望者が無く行われなかったが、屋久島の事をもっと知りたいという方々と出演者は、閉会後も会場を移して話を続けた。

関連記事:
≫屋久島メッセンジャー 島尽くしの東京出張

今回のシンポジウムの内容や屋久島移住についての問い合わせは、NPO緑の風事務局(TEL:080-5485-1440)へ。
また、緑の風は 2009年1月17日(土)~20日(火)、屋久島で『滞在・交流体験ツアー』を開催します。(詳しくはこちら

参考資料
屋久島移住シンポジウム プレスリリース(PDF形式)
第2回屋久島移住シンポジウム パンフレット(PDF形式)
第2回屋久島移住シンポジウム 当日プログラム(PDF形式)
第2回屋久島移住シンポジウム アンケート集計表(HTML)

※基調講演、パネルディスカッション等シンポジウムの内容は、09年2月作成の報告書にまとめる予定です。どうぞお待ちください。
 
 

NPO緑の風は11月1日(土)~3日(月)、「まんてん・平家の里」交流体験ツアーを開催した。これは、集落の歴史・文化を見直し、「平家の里構想」として観光拠点整備を進め、村おこしをしようとしている吉田区と連携してのもの。移住・交流の促進活動を通じて地域の活性化を図ろうとの趣旨だ。

吉田地区交流体験ツアー
吉田地区は、屋久島の北西海岸に位置し、海の幸・山の幸に恵まれた風光明媚なところ。これまで積極的に観光開発や移住者誘致を行なってこなかったため、観光客も訪れずのんびり落ち着いた雰囲気のある海辺の集落だ。屋久島の中で一番人口は少ないが、団結力が強く人情に厚い里。

世界遺産に登録されて以降、島内での過疎・過密現象が進んだ屋久島。一湊・吉田・栗生・中間や口永良部島など西部地区は人口減少が顕著だ。吉田も、過疎化と高齢化が同時進行し、限界集落目前なのだ。
そこで吉田区は、屋久島町の協力により「平家の里構想」を策定し、観光資源を掘り起こして来訪客を呼び込み、集落を活性化しようと考えた。鹿児島への「移住・交流」促進活動を行なっているNPO法人緑の風も協力することになった。
地域づくり・村おこしの各種行事に都会の人々を巻き込んで、移住実現につなげたいとの気持ちは共通。11月2日に行われる「まんてん祭り」に合わせて交流体験ツアーを企画しようとなった。

吉田地区交流体験ツアー
体験ツアーの内容は、平家の落武者が屋久島で最初にたどり着いたといわれる歴史ある吉田に民泊し、NHK連続テレビ小説を記念した「吉田まんてん祭り」に参加してもらい、「浜でばい」等で歓迎。集落のありのままの生活や住民が一致協力して行う祭りを見てもらい、先ずは都市住民と地域住民の交流を実現しようとのこと。

吉田区区長近間氏は、「吉田には空き家がたくさんある。町営団地の建設も町にお願いしている。住まいを用意し、外の人たちに吉田に移り住んでほしいと思う。人が増えれば活気が出る。集落にいまいる若い人を元気にしたい。
最初から移住者が来てくれるとは思っていない。都会の人に来てもらい、交流を何年か続けていきながら将来定住してくれればいい」と、NPOと組んでみようと思った理由を語る。区長さんは、「集落の活性化をはかりたい、観光客を呼び込みたい、夢のある楽しい集落を作りたい」と、まんてん祭りで挨拶された。

吉田地区交流体験ツアー
NPOの協力が急に決ったため十分に宣伝する時間は無かったが、京都から一組のご家族が交流体験ツアーに参加された。

『(祭りの準備で)お忙しい中、区長さん方に大変お世話になりました。眠る暇もないくらい目を赤くされているのに、民泊している家に朝晩お顔を見せてくださり、気にかけてくださいました。お陰様で充実した時を過ごすことができ、素晴らしい数々の出会いがありました。
Aさん(NPOの1月移住体験ツアーに参加し、安房に移住された方)とはあまりに境遇もタイプも似ていて、思わず握手してしまいましたが、話の中で彼女が「あなたは永田に行ったらいいんじゃない?永田は親子留学ならまだ枠も何とかなるって私言われたけど、上の子が野球命だからあきらめたの。行ってみたら」とアドバイスしてくれました。
屋久島の皆さんには本当に好くしていただき、子供達も安心して滞在をすることができました。白谷雲水峡まで連れて行っていただいたことは感謝に絶えません。子供たちにとって「屋久島の屋久杉に会えた」ということが、何かとても屋久島を身近に感じるきっかけになったようです。留学したら是非縄文杉に会いに行きたいと長男は言っています』

吉田地区交流体験ツアー
後で届いた知らせには、滞在中、隣村の永田に出かけ、かめんこ留学の話を聞いてきたと書かれていた。吉田はとても善い所でいつか住んでみたいが、子供たちとお母さんで一緒に家族留学するのもいいかもしれない、ゆっくり考えてみようと思ったそうだ。

関連記事≫ 屋久島発田舎暮らし通信ブログ 第5回まんてん祭り
≫ 案内パンフレット(PDF形式)
≫ プレスリリース(PDF形式)
 
 
以下は本イベントの開催要項。

「まんてん・平家の里」交流体験ツアー

民泊して、まんてん祭りに参加しませんか?
おためし移住の方、浜でばいで歓迎します!
平家の落武者が屋久島で最初にたどり着いたと言われる由緒ある吉田の里。海・山の恵みと共にある島の豊かな生活を知り、ゆったりした時間をお過ごしください。

11月1日(土)~3日(月)
●吉田集落に民泊
●まんてん祭り(2日)
●さば節工場見学、浜でばい(3日)

○吉田まんてん祭りは、平成14年に放送されたNHK朝の連続テレビ小説「 まんてん」の主人公日高満天の故郷のモデルになったのを記念して行われるようになりました。ドラマの撮影風景の写真展や、特産品の露天市が開かれ大変な賑わいです。
○浜でばいとは、海でとれたものをそのまま食す浜遊びの地元の言い方です。素潜り漁とイソモン採りは、いまでも集落の男女の得意技です。トンボレ(海水を入れ、焼けた石を放り込んでお湯を沸かして入る岩風呂)の風習も残り、浜辺で見る東シナ海に沈む夕日は絶品です。
○屋久島吉田地区は、歴史と伝統文化の保全と復活で、人情豊かな里づくりをめざそうと、「平家の里構想」の策定・整備、まんてん祭りの充実・発展、観光案内板の設置、古道(参道)の整備などを進めています。

定 員:6名  参加費:2泊3日間 5,000円、1泊2日間 3,000円
(期間中の食事代を含みます。吉田地区までの旅費・交通費はご本人負担にてお願いします)
主 催:屋久島町吉田区
共 催:NPO法人屋久島移住ネットワーク・緑の風
後 援:屋久島町、屋久島町区長連絡協議会、屋久島観光協会
 
 

NPO法人屋久島移住ネットワーク・緑の風は、10月25日(土)、「エコエリア、エコライフによる移住の受け皿モデルづくり」をテーマに、第1回屋久島移住シンポジウムを屋久島町安房総合センターで開いた。関係者を含めて80数名の参加があった。(第1回シンポジウムお知らせの記事はこちら

NPO緑の風は、地元と移住者が協力して地域づくりを行なおうと、昨年から移住促進活動を行っている。二年目の事業である屋久島と東京の二回のシンポジウム及び来年1月の体験ツアー、そして二度の移住アンケートは、鹿児島県「かごしま・くらし」を進める活動支援事業の50%助成を受けて行われている。(事業内容の詳細PDF
そのほか今年は、4月から月例の「かごしま移住・交流ワークショップin遊楽館」と7月のかごしま移住セミナー(どちらも鹿児島県主催)で屋久島移住を案内し、いつでも参加可能な屋久島移住体験ツアーで多くの参加者を受け入れてきた。

第1回屋久島移住シンポジウム
安房総合センター。1階に教育委員会など役場の支所が入り、2階にシンポジウム会場の大ホール(定員300名)と大小の会議室がある。

屋久島移住シンポジウムは、屋久島らしい移住のありかたを考えるのが目的。移住者の増加で人口減少をまぬがれている屋久島で、世界自然遺産の島にふさわしい地域づくりを、地元と移住者が協力して行なうにはどうしたらよいか。その方法や仕組みを地元住民や行政と島外の識者などが話し合い、移住の受け皿モデルづくりを考えようとの趣旨だ。そのため、屋久島でまず議論し、その結果を元に東京でも議論することになった。
屋久島でのシンポジウムは、第1部として、いままで移住者が参加して行ってきた地域づくりの事例を各集落の代表者に発表してもらい、第2部パネルディスカッションで話を掘り下げようと進行を考えた。
以下、シンポジウムの進行順に、発表者(第1部)とパネリスト(第2部)等の発言の要旨を記す。

主催者挨拶: NPO法人屋久島移住ネットワーク・緑の風 富永英男理事長
皆様ようこそお越しくださいました。私ども緑の風もこの10月で1年になりました。昨年は3回東京でセミナーを開催し、今年1月には屋久島で移住体験ツアーを実施しました。ポンカン狩り、イソモノ採り、各不動産会社の物件見学、地元の方々との交流会等、参加者皆さんの喜びの声をいただきました。まだ1年しか実績のない緑の風でございますがお力添えください。スタッフ一丸となって世界自然遺産の環境保全、地域の活性化、地区の豊かな自然を生かした村おこしという面に力を注ぐつもりです。

第1回屋久島移住シンポジウム
来賓挨拶: 屋久島町 日高十七郎町長
私の知る限りにおいて未熟な状態ということが島の実態だと思います。私ども団塊の世代の皆様の受け入れ態勢を作ろうではないかと思います。移動の激しい年代、幅広い年齢層を屋久島に住んでもらう橋渡しをしましょう。企画調整課のホームページでPRしていた矢先だったので、NPO法人と趣旨を同じとしてタイムリーです。チームを組みながらやっていきたい。滞在、交流受け皿モデル事業としたい。いろいろなお立場の人の話を拝承したうえで、私は参加させていただきたい思います。屋久島は、心から移住を歓迎します。
 
 

●第1部 地域づくり事例報告

―移住者を受け入れて地域づくりを行なう各地区の取り組みを紹介―

湯向地区「海を活かして島おこし」: NPO緑の風事務局代理
湯向の区長さんは村づくり活性化計画として、定住者向け住宅を建設する予定。口永良部は海の幸が豊富、それらを生かした島おこしをしたいとのことです。

原地区「移住コンセルジュの試み」: NPO緑の風事務局代理
緑の風は原移住相談を行っています。各地域の方々に相談に応じてもらっているのが実情です。

第1回屋久島移住シンポジウム
吉田地区「観光資源を掘りおこして村おこし」: NPO緑の風事務局代理
吉田地区は人口205人の小さな集落。これといった観光スポットがないですが。平家のおちゅうどが屋久島にたどり着いたのが永田だといわれている800年前のこと。文化的には平成14年TVドラマまんてんのふるさととして有名になりました。その後、まんてん祭りが行われるようになりました。
吉田から見る東シナ海の夕日は屋久島で一番美しいといわれています。吉田集落にはちゃんとした定職についた20~40代の独身男性7~8名いるそうです。区長さんにNPO緑の風が嫁探しを頼まれました。そこで、緑の風は「まんてん・平家の里交流体験ツアー」を計画。都会の人を対象に、民家に泊まって船に乗って魚を取って交流を図ろうという行事です。11月1日~3日、集落あげて大歓迎します。島民の人も、11月2日にまんてん祭りがあるのでぜひ来てください。

安房地区「情緒あふれる街並を保存、再生」: NPO緑の風事務局代理
シンポジウムを考えて皆さんとご相談している中で公民館におじゃましたさい、つりばし等古い写真が飾られていました。今現在まんてん橋と呼ばれている赤いつり橋はかつては木製の橋で情緒あふれる姿であったといいます。安房港のジェットフォイルのところは海がめが産卵にきていました。数十年前の話です。
安房の古い町並みが好きで安房に移住した人がいます。屋久島は当時2万人の人口があったそうです。安房のたたずまいのなかに空き商店があります。その一角に、区長さんは交流の拠点を作りたいと。写真を飾ったり、子供からお年寄りまで集まる場所にしたいと。これからやることをNPOで応援したいです。

第1回屋久島移住シンポジウム
平内地区「遊休地を活用」: 西橋豊啓氏
私は鹿児島県伊集院出身の移住者です。昭和46年に屋久島へ来ました。現在牛飼いとたんかん農家をしています。平成4年から12年間平内の区長をしました。よそものに区長をさせるのかという声もありましたが、いったい何年たったらよそ者ではなくなるのか?と思いました。平内には移住者の第一人者である山田伝さんという人がいます。平内ではこの方が始めての移住者です。
平成4年に154戸あったのが16年間の間に300戸になりました。移住者の方々と夜中まで議論したこともあります。屋久島の慣習や習慣を地元の人と守りながら、移住者の人には新しい文化はたくさんあります。移住者の青木さんは老人倶楽部の会長さんになりました。
遊休地の活用ということですが、今農業委員をしていますが遊休地の改良を進めていきます。今年から農地を持てる広さが50アールから30アールに引き下げられました。農地をほしい人は農業委員会に問い合わせてください。農地を守るところは守って開発していくべきでしょう。
10年、15年見てきたが、島民と移住者といかに仲良く生活していけるかが問題。人と人との共生共存が課題だと思います。移住者同士のつながりも大切だと思っています。屋久島が発展していくように私も努力します。

第1回屋久島移住シンポジウム
永田地区「復活した伝統の『岳参り』」: 岩川健氏
平成4年に屋久島電工を50歳のときにやめて宿を始めました。私はいろいろまわってみて屋久島を観光地ではないと思いました。観光地というのはいっぺん来たら飽きるものです。屋久島は何回きても飽きないので保養地だと思いました。宿のお客さんで屋久島に嫁に来たいという女の子は多いが、屋久島の男の人で大丈夫だろうかという心配もあります。
私が始めて岳参りをしたのが小学校6年のときです。8個おにぎりを持って行きました。永田の前浜の砂を神様に持っていきます。鹿の沢に1泊しました。キャンプをして暖をとり日の出を拝んできます。三岳という言葉がありますが、あれは永田岳に登った元気のある人が黒味岳、宮之浦岳と三つ登ること言います。高い順番で三岳というのではありません。
白谷雲水峡を宮之浦の人は雨つぼといっていました。このように、昔の名前を変えることは駄目、歴史をなくすことだと思います。昔に比べて今の岳参りは近道を利用しているので意味がないと思います。私は永田で送陽亭という宿をしていますので寄ってお茶でも飲んでいってください。

第1回屋久島移住シンポジウム
麦生地区「農業振興で村づくり」: 鎌田政明氏
27年前のことを掘り出して今の麦生の村づくりの話をします。日本一の村づくり、しかも天皇杯をもらう機会がありました。昭和55年11月23日です。先輩たちのものを引き継いで賞をもらいました。そのころ麦生き総数が73戸のうち農家は56戸。280名中20代が36人もいたというのが発展する村と認められたわけです。1人の落ちこぼれのない村づくり、ポンカンで日本一の村づくりです。
麦生はグループ活動が活発で、話し合いや集いが行われています。私たちの集落では、大人から子供まで何らかのグループに所属しているというのが特徴です。昭和50年~平成7年まで後継者を育てるためみんなに役員をさせました。女性が元気な地域は村も元気。女の人が力を出し合って村おこしをしましょう。

第1回屋久島移住シンポジウム
小島地区「移住者との共生」: 岩川篤好氏
屋久島の中でも南に位置する小島の準農家です。世帯数は95、人口は190人。55%はUターン、Iターン者です。
21年から24年の計画書を作りました。小島の村自慢は14個あります。温暖で住みやすい、イソモノとりの名所、学校の神様を祭っている、尾の間温泉が無料、中学校の所在地、シドッチ上陸地、カトリック教会がある、もっちょむ岳耳岳、割石岳の三岳のせんぼう地、朝市を催しているなどなど。明るい村づくりをスローガンにしています。

第1回屋久島移住シンポジウム
「地域通貨『屋久の水』の取り組み」: 桑山善右衛門氏
4月から『屋久の水』の代表をしてます。大阪生まれで10年前に移住しました。すばらしい自然とよそ者を暖かく迎えてくれるので移住しました。溶け込みたいと願っています。いま老人倶楽部の会長をしています。小学校で補助教員の仕事もしています。
地域通貨とは屋久の水(やくのすい)と言います。水(すい)を単価とし、1水は1円。例えば草取り1時間は700水で、してもらった人はマイナス700がつきます。他人に労力や物品を提供するとプラス、受けるとマイナス。得意分野の交換が主です。もともと屋久島では「ゆい」というのがあって相互扶助をしていた。村の人たちが総出でやることが多かった。「島いとこ」というものがあって、遠くに行くとき一晩で帰ってこれないときに他人に宿を頼む、そしてお互いにいとこのように付き合う。交通の不便の時代はそうだった。
先人たちの知恵と工夫で成り立ったものを地域通貨といいます。3年の実績しかありませんが、たくさんプラスの人、マイナスの人、今年度末これをどうするのか議論しています。はっきりしていることは利息がつかないこと。投資や貯蓄にはならない。持っていると目減りする通貨です。できるだけ早く使わなければなりません。もうひとつ大事なことは、入会したばかりの人も利用できる。プラスがない人も。
いま80人の会員が一湊から湯泊までいます。新規が多い、移住者など知り合いが屋久島にいない人が入会します。仲間作りのために入ってくる人が多いようです。さびしい人が入会したりと、新しい人の社交になっています。そのためにしたわけではないけど。
屋久島に入ってくる観光客には水で払うシステムがあればいいと思います。加盟店で水で買えるのはよいことでは。水をぐるぐる回したいと思っています。

第1回屋久島移住シンポジウム
クエスチョンタイム
(西橋氏へ質問)
遊休地を活用するという面では農地法3条、4条、5条を見直すべきでは?
(西橋氏の回答)
先ほども申し上げたように、30アールあれば農家の資格が得られます。流動化の対象になります。たとえば20アール買っていたとして足りない10アールは流動化で借りればあわせて30アールでみとめられます。30アールあれば農家住宅が建てられる。農業委員会に相談してください。
 
 

●第2部 パネルディスカッション

―エコエリア、エコライフによる移住の受け皿づくり(=屋久島モデル)を、移住者と共に考える―

コーディネーター: 杉浦英世(NPO緑の風事務局長)
このシンポジウムを、壇上にいらっしゃる人だけでなく皆さんといろいろなことを考えるきっかけにしてもらいたい。フロアの皆さんの意見をうかがう時間も残したい。移住の受け皿モデルづくりについて、屋久島の将来に向けて建設的な意見を期待しています。
まず、パネリストの皆さんの屋久島移住への考えと自己紹介をお願いします。

パネリスト: 泊竜二氏(屋久島町企画調整課企画振興係長)
役場(旧屋久町)は、平成12年12月に移住相談窓口を開設しました。これまで105件の問い合わせがありました。関東、近畿からが多く、東北、北海道はほとんどない。年代は20代から50代と幅広いです。相談者は、今すぐではなくて2~3年後のために考えている。屋久島町の場合、他の離島がやっている財政支援は考えていない。ライフライン、集落地区の相談などソフト部分を中心に対応しています。NPOを通じて移住された方もいる。今の現状を町としてどう対応したらよいか、今日の議論を楽しみにしています。

第1回屋久島移住シンポジウム
パネリスト: 柴鉄生氏(永田地区、会社経営)
屋久島の原生林保護にかかわってきました。昨年は町長選挙に立候補しました。今日は移住のシンポジウムということですが、屋久島に向かって人が動き始めたのは昭和40年代後半。1970年代半ばです。ヒッピーブームがありました。その間ずっと、屋久島移住をした人とお付き合いをしてきました。移住者は、一人一人が力を持っているので自分の考えが多くなります。
屋久島の抱えている問題、特に移住者と原住民との問題を区別していうのはほとんど意味がありません。自然との共生を考える場合、我々の課題は、屋久島というかけがえのないところで、どういうふうに屋久島に責任を持つかということ。自然の恵みをいただいて生きてきた島です。移住者の皆さんにとっては、愚かそうに見えても屋久島の伝統を、屋久島の考えを理解してほしい。第1部で岳参りの話が出ましたが、ずっと続いた伝統が失われたら屋久島の未来はあるのでしょうか。

パネリスト: 氏川恵次氏(横浜国立大学大学院国際社会科学研究科准教授、専門分野は日本・中国の産業開発論、産業関連論)
私は宮城県出身です。屋久島は農業を中心とした地域づくりが中心になると思いますが、選択肢として滞在型の観光があります。これに関しては後ほど述べさせてもらいます。

第1回屋久島移住シンポジウム
パネリスト: 岩川鶴美氏(安房区区長)
私はまだ区長をして半年です。今日は勉強のつもりで来ました。第1部では大変感動しました。各集落に文化があり、歴史がある。事例を身近に聞けて感動しました。

パネリスト: 日高輝久氏(麦生地区、農業)
移住の受け皿として何かできたらいいなと思います。屋久島の魅力は私たちの想像以上です。移住者の皆さんに役に立つことができたらよいと思います。

パネリスト: 菊池淑廣氏(船行地区、「屋久島メッセンジャー」フォトライター)
船行の菊池です。東京から家族4人で引っ越して4年目です。最初の2年間は安房に住んでいました。その後船行に引っ越しました。「屋久島メッセンジャー」で、広告関係の仕事とインターネットで情報発信をしています。自分の造語ですが、フォトライターとして雑誌などで写真と文章で仕事をしています。このほど『屋久島で暮らす』という本を出しました。

杉浦
いまNPOが行っている移住のアンケートですが、26区集落の区長さんから回答をいただきました。移住者の概数は、約600世帯、約1000名。人口14000人弱、約6600世帯の屋久島の1割近くになります。詳細は、2月にまとめる予定です。
それでは、移住を受け入れる地元の側と、屋久島へ来られた移住者の側の意見をうかがいます。役場には、移住のポイントをお願いします。

第1回屋久島移住シンポジウム
日高氏
昭和55年から村づくりをやっていた時代は厳しい時代でした。麦生では、他人に農地を譲渡しないということで転売しなかったです。その後他の地区のように売ることに同調しましたが。
平成元年に区長をし、人間が生きていくために何が一番大事だろうかと考え、水の問題に取り組みました。浄水場がよくないということで国に陳情しました。隣の高平集落は開拓地で半分は移住者です。飲料水に困った時代があったので、高平から水をもらいました。いい水を飲めば長生きできます。
屋久島に希望を持つ人がいれば受け入れたい。農地のほうも柔軟に対応したいと思います。

菊池氏
移住して3年半です。移住者との共生の言葉が出てきましたが、屋久島へ移住をするとき屋久島は世界が小さいから大変じゃないかと周りの人から心配されましたがそんなことはなかった。
実際に移住すると、いろいろな問題があります。まず仕事と住宅というのがハードル。不動産屋に電話をしても空きがないと言われました。つてがないと借家に入れない。私は知人友人が屋久島にいたので情報をもらえた。この点がクリアできれば島に入りやすいのではないでしょうか。今日は町長がいらっしゃるので、空き家の斡旋を町に対応していただければ移住者の助けになります。

第1回屋久島移住シンポジウム
泊氏
屋久島に空き家はほとんどなく、町営住宅で対応しています。
移住のポイントということですが、役場の移住相談窓口は移住者に必要な情報源を教えています。TVはアンテナで見ることができない地域もあること、電気を引くのは受益者負担であることなどを教えています。
せっかく移住されるのであれば骨をうずめる覚悟で来てほしい。虫が出るかという質問もある。台風、停電、船や飛行機の欠航、台風時の食料品の品薄なども伝えている。26集落あるが、溶け込んでいただくことが大切ですと話しています。

杉浦
私は不動産会社に勤めていますが、ボランティアでNPOをやっています。NPOは公共性がないと駄目で、このNPOは会社とは一線を画して運営しています。ビジネスとNPOは異なりますから。
住まいのことで不動産会社の果たす役割は大きいです。確かに屋久島に空き家はありませんが、一湊、吉田地区には空き家がないわけではありません。しかし、貸さないというか貸せない理由があるようです。一方で、貸して移住者に来てほしいという地区や、借りたいという要望がたくさんあります。
移住のポイントでもう一つ重要なことは仕事です。離島の屋久島は仕事が少ないです。NPOも皆で仕事を創っていきたいのですが大変です。
次は、移住の受け皿でもある一次産業、農林漁業を頑張ろうとか、環境を守ろうとかの議論をしてください。

第1回屋久島移住シンポジウム
氏川氏
滞在型観光を中心に触れます。日本の地域づくりにおいて屋久島の位置づけは特殊(恵まれ過ぎている)。世界遺産を活かしたモデルとしてとらえるべき。第1部で、岩川さんから屋久島は観光地ではないという話が出ましたが、専門的な言い方をするとマスツーリズム、つまり大衆型観光と、オルタナティブツーリズム、滞在型観光がある。オルタナティブツーリズムの中にエコツーリズムも入っている。観光地というのは、マスツーリズムとオルタナティブツーリズムの間で動いています。
私は中国にも行きました。雲南省は特徴的です。かつて小規模のエコツーリズムを推進する場所でした。93年に文化遺産になって規制が強くなり衰退した。日本人に人気の中国の九寨溝(きゅうさいこう、四川省)は90年代前半に世界遺産になり、大きいツアーを受け入れてうまくいっていた。地震などあってから安全が危ぶまれ規制がひろまり、なおかつ自然が失われてきています。
富士山の自然遺産登録は難しいなどの問題も日本ではあります。

柴氏
屋久島ほど恵まれた島はありません。泊如竹(じょちく)が屋久杉を切ったということや、海の幸、山の幸、自然環境があって島民は豊かな中にいます。若い人が屋久島に生れて誇りを持てるようになった。いま観光というのは自然の価値への依存で成り立っている。保全は当たり前です。
自然の復権の意味は、一次産業が中心なのだろうか?、農業は、自然の恵みや潤滑にゆだねていくということなのか?共生と循環を人類が経験したとすれば、それは縄文時代にあった。屋久島は弥生時代の影響を受けたのではなく縄文時代の影響を受けた。自然が豊かだけではなく、共生と循環という仕組みが行き続いている島である。
今の課題として山のし尿の問題は国が処理をやるべきで、国がやらないならその間は屋久島町が自前でやるべきです。

第1回屋久島移住シンポジウム
岩山氏
私は51歳です。40歳の時に乳がんになり2年前に再発しました。残された人生で、何か生まれ育ったところでご奉仕はできないか考えていました。そのとき区長選挙があったので、家族に相談して区長をすることになりました。大先輩からのメッセージをいただいて、よそ者をよそ者扱いせずに仲良くしなさいと言われました。
この地区は、歴史的文化的に大切な伝統行事が行われています。自分たちの先祖、先輩たちが作ってきた歴史があります。安房では泊如竹という人の教えが語り継がれてきましたが、今の子供たちはそういう話を聞いているのだろうかと考えていました。
6月28日に如竹祭が行われ、子供たちと泊如竹の紙芝居をしました。如竹先生は安房で生まれた実在の人物です。人の生き方や人間性の大切さを教えました。屋久杉に斧を立てかけておいてそれが次の日に倒れていなければ切ってもよいということで、屋久杉を切り出すことで貧乏だった島民を救いました。私財を投げ打って水路も作りました。安房は塩水で飲料水が適さなかったからです。安房の活性化は如竹先生をおいてはないと思います。島民も、Iターン、Uターン者も、ひとつの気持ちでいることが大切だと思います。

杉浦
移住のアンケートで、ほとんどの区長さんから地元と付き合わない移住者はよくないと言われました。コミュニケーションできないのはごく一部でしょうが、移住してきてもらっては困ると言われました。
屋久島にも過疎・過密の問題があり、島内でも都市部は地域コミュニティーが失われそうだと聞きます。移住者は期待されています。屋久島の自然を守るために、地域のコミュニティーに参加してもらいたいです。年配者は静かに暮らしたいという気持ちもわかるが高齢になると地元に厄介になることもあるので地元に溶け込んでほしいです。環境保全で屋久島のトイレの問題は大変です。住民の代表が行政なので、これらの問題も普段話し合える場を作り出してほしいです。
もう時間が無いですが、最後におひとりづつ、「エコエリア、エコライフによる移住の受け皿づくり」というシンポジウムのテーマについて話してください。ここですべて結論がでるのというのではなく、このシンポジウムをきっかけにして皆さん自身の問題として受け止めてほしいと思います。

第1回屋久島移住シンポジウム
菊池氏
実際問題として、移住しやすい環境を整える制度を作ることが大切。私も屋久島というのは特殊な島と思います。屋久島はブランド力が高いが、品質はまだ発展途上だと思います。先月、京都の学生が研修ツアーに来られ、自然は素晴らしいが町には普通にゴミが落ちていてそれで説得力があるのか?と言われました。そういう意識を改革していくことが必要です。自然との共生を歌った「屋久島憲章」は移住する前に読みましたが、素晴らしいと感動しました。

日高氏
農家の立場から一言。1993年世界遺産になり、屋久島の農産物の出荷は価値があります。知名度が高いです。観光国際大学の誘致の話があったり、世界が屋久島を注目しています。パパイヤを野菜として出荷しようということで、何人か集まって栽培を始めています。移住者と原住民が力をあわせて共生できる世界遺産の屋久島にできたらいいと思います。

岩山氏
移住者は、住民票を移すときに区事務所に顔を出してほしいです。いろいろな説明もできるし顔を知れば仲良くできます。

氏川氏
学生がエコツアーで中国に行きました。職を見つけて中国の人と結婚するようです。現地に片足をいれるというのではなく親指程度でもいいと思うので、受け入れていただくという考えで行っています。

柴氏
エコライフ、エコエリア、エコツーリズムというが、外の人が考えていることがエコであり屋久島のエコツーリズムなのだろうか。屋久島の伝統の中に本質があります。屋久島の伝統に根付いたものじゃなくてはならないのです。例えば、泊如竹が屋久杉を切ったとき森にこもって森の神にお伺いを立てるという手続きをする、というのが屋久島の本質ではないでしょうか。

泊氏
26集落あるが子供が少ない集落もある。高齢化が進み伝統行事の承継が難しくなっている集落もある。区長さんたちは、地域づくりを移住者に担ってほしいと思っています。

第1回屋久島移住シンポジウム
質疑応答

(松峰地区女性の質問)
移住して10年になります。ひとつだけ聞きたいことがあります。私はアレルギーなので無農薬無添加で生活してきました。屋久島で農薬を使うことは町としてはどう思っているのか知りたいです。農薬を使わないでやってほしいです。今すぐ答えてもらわなくてもいいです。

(永田地区男性の質問)
永田は、昔は1000人、今は500人ですが、そのうち70歳以上が200人です。何歳の人が移住するのかわかりませんが大丈夫ですか?健康保険料の問題など心配です。

(泊氏の回答)
移住者の年代は20代から50代です。子供がいる若い人に移住してもらいたいと思います。集落が元気になるので。

(春牧地区男性の質問)
移住して1ヶ月もたっていません。日本中どこへ行っても状況は同じだと思う。誰も自分の土地のことは勉強しない。島の人はもっと勉強して、移住者ももっと勉強してほしい。

第1回屋久島移住シンポジウム
(高平地区男性の質問)
合併してひとつの島になってから両町の共生意識が希薄だと思う。各公民館で行事などのことをビデオで流して見てもらえれば他の集落の様子もわかると思う。

(日高十七郎町長の発言)
パネルで住宅の問題が出ましたが、空き家はなかなか無いですね。一時的に民宿に安く泊まる方法もあります。住民票がなくても入れるように、町営住宅の見直しを検討しています。
 
 

●第3部 エンディングライブ

―島の伝統、地元芸能と移住者の新風が融合―

主催者挨拶: NPO緑の風 山岡寛治理事
時間がだいぶ予定をオーバーしたので、申し訳ないですが出演者のプロフィールは省略させていただきます。では、ごゆっくりお楽しみください。

第1回屋久島移住シンポジウム
尺八演奏「みかんの花咲く丘、荒城の月、千の風になって」: 久保田義則氏

第1回屋久島移住シンポジウム
踊り「屋久島エレジー」:舞扇祥華氏、舞扇美鳳氏

第1回屋久島移住シンポジウム
踊り「親子杉」: 舞扇流家元 舞扇祥鳳氏

第1回屋久島移住シンポジウム
三線演奏と歌「童謡とナツメロ」: 輪島武子氏

閉会挨拶: NPO緑の風 日高雲平理事
最初NPOの移住支援の話を聞いたとき、TVの人生の楽園の(定年後の)イメージが強くありました。ところがふたを開けてみると、年代がさまざまで若い人もいました。屋久島という島は自然遺産で規制がかかっていると誤解を受けます。また、外国から屋久島に嫁さんに来ている人がうまくいっているのに、日本から来た移住者がうまくいかないのは不思議です。移住支援として屋久島は居心地のいい環境を提供すればよいと思います。
(発言要旨の作成はみー、ミナミ)
 
 
関連記事:
≫屋久島メッセンジャー 屋久島移住シンポジウム

今回のシンポジウムの内容や屋久島移住についての問い合わせは、NPO緑の風事務局(TEL:080-5485-1440)へ。
第2回シンポジウムは11月22日(土)、東京都千代田区神田神保町日本工業大学ホールで行う。(詳しくはこちら
また、2009年1月17日(土)~20日(火)、屋久島で『滞在・交流体験ツアー』を開催する予定。(詳しくはこちら

参考資料
屋久島移住シンポジウム プレスリリース(PDF形式)
第1回屋久島移住シンポジウム パンフレット(PDF形式)
第1回屋久島移住シンポジウム 当日プログラム(PDF形式)

※地域づくり事例報告、パネルディスカッション等シンポジウムの内容は、09年2月作成の報告書にまとめる予定です。どうぞお待ちください。
 
 

12月の遊楽館ワークショップは、沖永良部島(おきのえらぶじま)の案内です。
沖永良部島は、奄美諸島の南西部、与論島の北方に位置する島。鹿児島県大島郡に属し、島内には和泊(わどまり)町と知名(ちな)町があります。サトウキビや野菜作りなど農業と畜産が盛ん。ユリなど花卉(かき)生産も有名です。

「エメラルドグリーンの海に浮かぶ隆起珊瑚礁の島。カルスト地形が多く見られ、地下には大小200~300の鍾乳洞があるといわれれおります。島は主に平坦で、南西に位置する大山は沖永良部島でもっとも高く、標高は245メートル・・・」
あまみんちゅ.comより)

 
 

12月かごしま移住・交流ワークショップin遊楽館

   ~奄美・沖永良部移住・交流ワークショップ
    と移住相談~

かごしま移住・交流ワークショップちらし 「奄美・沖永良部島の暮しを考える」をテーマに、「遊ぶ島より暮らす島」沖永良部島のご紹介と移住相談を行ないます。沖永良部島での田舎暮らしに興味のある方は、ぜひご来館ください。
チラシをこちらからダウンロードできます =PDF形式

■ 日時: 12月13日(土) 午後3時~5時

■ 会場: 東京有楽町駅前 かごしま遊楽館 3階

■ 内容:
 (1) 沖永良部島のご案内と移住支援制度、体験ツアー予定の説明など、約60分
 (2) 質問と意見交換など、約45分(移住相談も承ります)

■ ご案内及びファシリテータ: えらぶ移住支援センター

■ 定員: 10名  参加費:無料  受付開始:14時45分
 ※あらかじめ、ご予約をお願いします。

■ 参考: 沖永良部島で田舎暮らし~えらぶ移住支援センター
      和泊町ホームページ
      知名町ホームページ

■ お問合せ・連絡先: NPO緑の風 東京事務所
 E-mail: seminar@iju.jp
 TEL: 03-3263-7741 (杉浦まで)

 ≫プレスリリース(PDF形式)
 
 
 今回は沖永良部島の案内ですが、ご希望があれば屋久島の移住相談にも応じますので、屋久島の事情を聞きたい方はお気軽にご参加ください。お試し暮らしをお考えの方、屋久島に行きたいという方、ご都合のよい期間でのご来島を歓迎します! 通年フリープラン体験ツアーと、1/17~20滞在・交流体験ツアーのご案内もいたします。

 本イベントは、次の各Webサイトで案内されています。
○鹿児島県:かごしまへの移住・交流
http://www.pref.kagoshima.jp/pr/koryu/event/workshop.html
○かごしま遊楽館
http://www.pref.kagoshima.jp/yurakukan/
○島のサポーター:イベント情報
http://www.shima-supporter.com/event/post-22.html
○えらぶ移住支援センター公式ブログ 沖永良部「島暮らし」案内所
http://erabuijyu.ti-da.net/e2449203.html
○あまみんちゅ.com:あまみ市町村ダヨリ
http://amaminchu.com/townstopics/erabu081129.html
 
 

 NPO緑の風は11月22日、二回目の『屋久島移住シンポジウム』を東京で開催します。
屋久島もののけ姫の森風景 一度目は、「エコエリア、エコライフによる移住の受け皿モデルづくりを」をテーマに10月25日、屋久島で行ないました。今度はそれを受けて、移住の受け皿となる「屋久島モデル」を都市で問いかける内容です。移住者受け入れを、環境保全と格差拡大に苦しむ地方の活性化につなげたいと思っています。
 また、来年1月17日~20日には、滞在・交流体験ツアーとして、農業体験、生活体験、西部林道ごみゼロウォークなどを予定しています。
 詳しくはシンポジウムのパンフレット(PDF形式)をご覧ください。
 
 

屋久島移住シンポジウム

11月22日(土)開催

「世界遺産の環境保全と離島の地域活性化を図る屋久島らしい移住の受け皿モデルづくり」をテーマに、地域づくりの事例報告や、パネルディスカッションを行ないます。席にゆとりがございます。お誘いあわせの上、ぜひご来場ください。

■日 時: 11月22日(土)午後1時半~5時 13:00 受付開始

■会 場: 日本工業大学神田キャンパス 3階多目的ホール
  東京都千代田区神田神保町2-5  TEL 03-3511-7591
  地下鉄神保町駅A1出口より徒歩1分 (地図はこちら

■内 容:
第2回シンポジウムのチラシ第1部 屋久島シンポジウムの報告  13:30~14:00
(1) 10月25日屋久島シンポジウムの内容報告
(2) 移住の現状アンケートの結果発表

発表:NPO法人屋久島移住ネットワーク・緑の風事務局

第2部 基 調 講 演  14:00~15:00
~エコエリア、エコライフによる移住の受け皿モデル(=屋久島モデル)づくりを、移住者と共に考える~

講演:柴鉄生氏 (プロフィール↓↓)
 http://www10.ocn.ne.jp/~yakunoko/aisatu.htm

※質疑応答の時間もあります。

第3部 パネルディスカッション  15:15~16:45
~屋久島モデルづくりを通して、世界遺産の環境保全と離島の地域活性化を考える~

出演:柴鉄生(会社経営、元上屋久町議会議員)、菊池淑廣(屋久島メッセンジャー)、星野智子(環境パートナーシップ会議)、利根川治夫(ふるさと回帰支援センター)ほか (順不同、敬称略)

■参加費: 資料代・会場費として1000円
■主 催: 特定非営利活動法人屋久島移住ネットワーク・緑の風
■後 援: 鹿児島県、屋久島町、屋久島町区長連絡協議会、屋久島観光協会、屋久島町商工会、種子屋久農業協同組合、屋久島漁業協同組合、屋久島森林組合、鹿児島県建設業協会屋久島支部、屋久島町文化協会、屋久島環境文化財団、南日本新聞社、ふるさと回帰支援センター

■お問合せ・お申込み先: NPO緑の風事務局
  E-mail seminar@iju.jp

※NPO緑の風は、シンポジウムや移住者アンケート、交流体験ツアー(09年1月)等をお手伝いいただけるボランティアスタッフを募集しております。一緒に地域づくりを行なっていただける方、歓迎。島外の方でも大丈夫です。
 
 

今回は、かごしま遊楽館作成のレポートを元にご報告します。

第7回かごしま移住・交流ワークショップが10月11日、東京有楽町駅前のかごしま遊楽館で行われた。「よかまち・きやんせ『薩摩で暮らす』を考える」をテーマに、薩摩川内市企画政策課古川課長代理による薩摩川内市の紹介と質疑応答の内容だった。6月のワークショップ、7月5日かごしま移住セミナーや8月に薩摩川内市が実施した甑(こしき)島での交流体験などに参加された方が出席した。
薩摩川内市ワークショップのお知らせ記事はこちら

薩摩川内市移住・交流ワークショップ
古川氏は資料を元に、自然、歴史文化、産業ブランド等、まず薩摩川内市の概要を紹介する。甑(こしき)島など自然の魅力や自慢したい点、島津氏ゆかりの地であるなど奥深い歴史がある点等々。
続いて、「年齢を問わず薩摩川内市を知ってもらい、薩摩川内市のモノを買ってもらう、来てもらう、ファンになってもらう」と、市の移住に対する考え方を説明。現在、「よかまち・きやんせ倶楽部」を設け定住交流体験事業などを行っているほか、住宅購入・リフォーム補助や新幹線通勤補助などさまざまな移住定住促進事業があることを話す。また、移住した方の事例の紹介なども。

後半の質疑と自由討論では、「短期間の交流体験などでは現地の魅力や良さをなかなか実感できない」という意見や、「お試し暮らしができる施設、あるいは一定期間(1ヶ月程度)貸してくれる家(借家)を紹介して欲しい」などの要望があった。
今回のワークショップの内容や薩摩川内市への移住についての問い合わせは、かごしま遊楽館9階の移住相談窓口(TEL:03‐3506‐9177)へ。
※参考: よかまち・きやんせ倶楽部―薩摩川内市への移住・UJIターンのご案内

次回のワークショップは11月22日(土)。「鹿児島市交流ワークショップ・移住相談~篤姫の古里の歴史ロマンと食、自然を考える~」を開催。続く12月は、沖永良部島など奄美群島を案内する予定。
 
 

移住体験ツアー風景 NPO緑の風は、世界遺産の環境保全と地域発展の両立を、地元と移住者が協力してめざそうと、昨年から活動を続けています。この秋、二度の移住シンポジウムやアンケートなどを行ないます。
 10月25日は屋久島で、11月22日は東京で、『屋久島移住シンポジウム』を開催。来年1月17日~20日は、滞在型交流体験ツアーとして、農業体験、生活体験、西部林道ごみゼロウォークなどを予定。詳しくはシンポジウムのパンフレット(PDF形式)をご覧ください。
 
 

屋久島移住シンポジウム

10月25日(土)開催

「エコライフ・エコエリアによる屋久島らしい移住の受け皿モデルづくり」をテーマに、地域づくりの事例報告や、パネルディスカッションを行ないます。お誘いあわせの上、ぜひご来場ください。

■日 時: 10月25日(土)午後1時~5時 12:30 受付開始

■会 場: 屋久島町安房総合センター 2階大ホール

■内 容:
第1部 地域づくり事例報告  13:00~14:15
 ―移住者を受け入れて地域づくりを行なう各地区の取り組みを紹介―

発表:海を活かして島おこし(湯向)、復活した伝統の「岳参り」(永田)、観光資源を掘り起こして村おこし(吉田)、情緒あふれる街並を保存・再生(安房)、農業振興で村づくり(麦生)、移住コンセルジュの試み(原・尾之間)、移住者との共生(小島)、遊休地を活用(平内)、地域通貨「屋久の水」の取組み、移住の現状アンケート結果ほか ()内は地区名

第2部 パネルディスカッション  14:30~15:45
―エコエリア、エコライフによる移住の受け皿づくり(=屋久島モデル)を、移住者と共に考える―

出演:柴鉄生(永田)、氏川恵次(横浜国立大学)、岩山鶴美(安房)、日高輝久(麦生)、菊池淑廣(船行)、屋久島町 (順不同、敬称略)

第3部 エンディング・ライブ  16:00~17:00
―島の伝統、地元芸能と移住者の新風が融合―

出演:踊り「屋久島エレジー」(安房)、尺八・久保田義則(麦生)、三線で童謡とナツメロ・輪島武子(高平) (順不同、敬称略)

■参加費: 無料
■主 催: 特定非営利活動法人屋久島移住ネットワーク・緑の風
■後 援: 鹿児島県、屋久島町、屋久島町区長連絡協議会、屋久島観光協会、屋久島町商工会、種子屋久農業協同組合、屋久島漁業協同組合、屋久島森林組合、鹿児島県建設業協会屋久島支部、屋久島町文化協会、屋久島環境文化財団、南日本新聞社、ふるさと回帰支援センター

■お問合せ・お申込み先: 屋久島シンポジウム実行委員会
  E-mail seminar@iju.jp                

※NPO緑の風は、シンポジウムや移住者アンケート、交流体験ツアー(来年1月)等をお手伝いいただけるボランティアスタッフを募集しております。一緒に地域づくりを行なっていただける方、歓迎。島外の方でも大丈夫です。
 
 

10月の遊楽館ワークショップは、北さつまの薩摩川内市の案内です。
薩摩川内市は、薩摩半島の北西部に位置し、東シナ海に浮かぶ美しい甑(こしき)島、白砂青松の海岸線、各地の温泉、川内川、みどり豊かな山々や湖など、多種多様な自然環境を有しています。
こどものころの風景がいまもある、薩摩川内市へおかえりなさい!
 
 

10月かごしま移住・交流ワークショップin遊楽館

   ~薩摩川内市移住・交流ワークショップ
    と移住相談~

かごしま移住・交流ワークショップちらし 「よかまち・きやんせ『薩摩で暮らす』を考える」をテーマに、薩摩川内市のUJIターン受け入れの現状を説明するとともに移住相談を行ないます。北薩摩での田舎暮らしに興味のある方は、ぜひご来館ください。
チラシをこちらからダウンロードできます =PDF形式

■ 日時: 10月11日(土) 午後3時~5時

■ 会場: 東京有楽町駅前 かごしま遊楽館 3階

■ 内容:
 (1) 薩摩川内市のご案内と定住促進制度の説明など、約60分
 (2) 質問と意見交換など、約45分(移住相談も承ります)

■ ご案内及びファシリテータ: 鹿児島県薩摩川内市

■ 定員: 10名  参加費:無料  受付開始:14時45分
 ※あらかじめ、ご予約をお願いします。

■ 参考: 薩摩川内市定住支援センター「よかまち・きやんせ倶楽部」

■ お問合せ・連絡先: NPO緑の風 東京事務所
 E-mail: seminar@iju.jp
 TEL: 03-3263-7741 (杉浦まで)

 ≫プレスリリース(PDF形式)
 
 
 今回は薩摩川内市の案内ですが、ご希望があれば屋久島の移住相談にも応じますので、屋久島の事情を聞きたい方はお気軽にご参加ください。お試し暮らしをお考えの方、屋久島に行きたいという方、ご都合のよい期間でのご来島を歓迎します!体験ツアー(通年フリープラン)のご案内もいたします。
ワークショップ5回目「屋久島移住セミナー・大自然で子育てを考える」(8月23日)の報告記事はこちらから

○鹿児島県ホームページ:かごしまへの移住・交流
http://www.pref.kagoshima.jp/pr/koryu/event/workshop.html

○かごしま遊楽館
http://www.pref.kagoshima.jp/yurakukan/
 
 

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