山は大雪、フェリーは欠航。悪天候で迎えた屋久島の正月だが、世の中は大きな転換点にあるようだ。
昨年、百年に一回の津波といわれる経済危機で、世界の景気が急に悪くなった。株が下がった、受注が無い、資金繰りが厳しい、売上が落ち込んだという話をあちこちで聞く。派遣切り、雇い止め、内定取り消し。雇用不安が不況の空気を一層広げている。大晦日、日比谷公園に「派遣村」ができたと聞いて行ってみた。
派遣村の風景
年越し派遣村は、公的サービスが受けられない年末年始の期間、仕事と住まいを失った労働者に食事と眠る場所を確保しようと、もやい等NPO法人や全国ユニオンなど労働組合が共同で開設したものだ。寒空で夜をすごせば命にかかわる。困ったときの助け合いだ。
世界大競争(グローバリゼーション)の下、日本のトップ企業は雇用をないがしろにしても内部留保を守ろうと懸命になっている。真っ先にやったことは派遣切り。企業の社会的責任(CSR)が問われている中、口では雇用を守ると言いながら、忌々しいことだ。競争力の源は人の力なのに、人間を大切にしない企業に明日があるのだろうか。
公園の暗闇の中では、組合スタッフやボランティアの若者たちが多勢動き回っていた。大型テントのテレビでは紅白も見られたようだ。年明け以降も、入村者は次々に増えた。
医療、年金、失業保険、生活保護etc.財政支出の切り下げもあって日本のセーフティーネット(=生活の安全網)が危うい。憲法で保障された生存権の危機だ。高齢者など弱者の切捨て政策を政府が行っていると非難の声が多い。
規制緩和の結果、働く人三人に一人が非正規となった日本。雇い止めされた者にとって“正月どころじゃない”事態だ。ハローワークは年末30日まで業務を延長したそうだが、365日休みなしのコンビニ時代に役人はその程度しかできないのかと残念に思った。
ここ何年も日本では、一日約90人が自殺しているという。中高年男性が過半を占め、多くは経済的理由からだと聞く。殺伐とした世の中で、ホームレスを支援する民間ボランティア、介護や福祉の低賃金の現場、国が面倒を見ないならと手を挙げる市民や自治体がある。いま社会は心ある人々が支えている。せめてもの救いか。
セーフティーネット危機の原因を作ったといわれる小泉改革の功罪が論じられている。時代遅れの国の仕組みを大胆に変えようとした点は高評価。変えた方向が必ずしも良くなかったという意見がいま主流。国家主義的な政策がドンドン実行され、憲法を変えよう守ろうの国論分裂の危機を招いたのも確か。一昨年は、平和と人権をうたった現行憲法改悪反対の運動が盛り上がった。
なにより、「勝ち組」「負け組み」という言葉に象徴される格差をもたらし、いまの不安定な社会構造を生み出したのは、新自由主義経済をやみくもに推進したからだ。改革の出発点に一旦もどることが肝要ではなかろうか。
国のセーフティーネットの低下を、助け合い・支えあいの心が補う。14年前の阪神大震災のとき、ボランティア活動の助けが大きな力となった。地域コミュニティ再生の必要性も認識された。「ロスジェネ」誌や反貧困ネットワークの創設などは、弱者の相互扶助システムづくりの一歩だ。本来、行政サービスが担うべきことを、市民自身がやり始めている。新たな公共体の出現である。(参考:NHK視点・論点「シリーズ格差・貧困」)
格差社会の拡大に対し、政府が手をこまねいて何もできない現状は悲しい。派遣村の風景が今年限りであってほしいと強く願う。
世界恐慌からニューディールへ
年末から元旦の新聞の社説やコラムに目を通してみた。各社とも、百年に一度といわれる深刻な経済危機の原因が市場原理主義の行き過ぎにあったと述べ、人間らしさを取り戻して危機を乗り越えようと説く。「新自由主義の崩落」(読売)、「人に優しい社会を」(毎日)、「人間社会を再構築しよう」(東京)、「人間が主役」(朝日)などの文言が各紙に並ぶ。「危機をチャンスに」「格差を生まない構造改革」や「緑のニューディール」などが、「人口減社会」となった日本の進む道としている。
「百年規模」というグリーンスパン元FRB議長の発言が大きく取上げられたのは、1929年の世界恐慌に匹敵するほどの信用収縮からだが、同時に、今いくつかの歴史的大転換が起こっているという背景を知る必要がある。
まず、ペーパーマネー(不換紙幣)体制が崩壊したこと。レバレッジ(てこ)を利かして何倍もの信用膨張をさせてきた金融システムが、サブプライムローンの破綻をきっかけにいよいよ行き詰った。米の住宅バブルにより支えられていた世界の様々なバブル(一例として資源高)が一斉にはじけ、しばらくは巨額マネーの行き所がない。マネーゲームの時代は変わる。
もっと大きな転換は、石油の世紀がそろそろ終わるということ。日本を含めた世界の自動車メーカーの売上が急落した原因は、単に燃料高や不況のせいではない。温暖化という地球・人類の危機に消費者が敏感になっているからだという。
資源、とりわけ石油の奪い合いは、近代以降いくつもの大きな戦争を産んだ。300万人以上の日本人が亡くなった太平洋戦争は、列強の資源封鎖が引き金となった。今行われているイラク戦争の原因も石油だ。中東、アジア、アフリカなど各地で行われている戦闘は正月も続き、今この瞬間にも大切な命が失われている。石油を主要エネルギーとした時代を終わらせることができれば、戦争をなくしたいとの人類の願いに近づくことになる。
文明発祥の地、中国、インドが数世紀ぶりに歴史の表舞台に戻ってきたこともある。インターネットの進化で地球はますます狭くなった。IT化はさらに進み、グローバル化を加速させている。技術進化の負の側面は大きいが誰も止めることができない。ロボット化や原子力もそうだ。そして変化が蓄積し、パラダイム(枠組み)の大転換が起こる。
化石燃料の大量消費は地球環境に危機をもたらした。過剰生産と過剰消費は格差を生み、世界に争いを蔓延させた。便利さはリスクを伴うことがわかったので、道具に使われることを止め人間らしさを取り戻したいと人々が考えるようになった。工業社会から脱工業社会へ、大いなる過渡期が始まっている。
未来社会は、石油や穀物を燃料にしない車が当たり前になるだろう。移動手段としての車がなくならないことが前提だ。介護ロボットは普通になり、危険な作業を人間が直接やることが減るだろう。エネルギーやコミュニケーション技術の革新が進み、産業構造の変革に成功する。外国人労働者や移民をもっと受け入れるようになり、地域社会も流動化して、少子化のスピードが緩やかになる。
ロハスなライフスタイル、都会生活と田園生活を交互に楽しむ人々が増え、第一次産業はいまよりもっと見直される。都会の非正規労働の若者たちが田舎に移住し、農業従事者が増え、食料自給率が回復し、環境や食料などの安全保障で日本は世界へ貢献できるようになるだろう。屋久島では、自然遺産の文明的意味と生命の真理を研究する施設ができ、世界中の学者が集って情報発信するようになるだろう。
以上は、日本版グリーンニューディールが実行されればの話し。だが、緑の産業創造が目標とする循環型社会実現のために、農林業への期待は大きいのだ。現実に、農業を志す若者は増え、各地で新しい試みが始まっている。
屋久島の風景
変革期であっても、社会の貧困が眼前の課題であることに変わりはない。否むしろ、貧困を乗り越えることが世界の平和や人類の幸福につながるのだ。
海に隔てられた離島でも問題は同じ。平和な島、屋久島にも、2009年は厳しい現実が及ぶかもしれない。不景気の波が押し寄せ、観光客の増加を期待することはもはやできず、雇用不安が若者を襲う事態もありうる。就業機会の少ない島社会では、バブルの後遺症は長引くものだ。世界遺産と浮かれているうちに自然の荒廃が進んだので、回復には大変なエネルギーを要するにちがいない。
私は終わりの方の団塊世代だ。生れてからの半世紀は、戦後の高度経済成長、二度のオイルショック、空前のバブル経済、その後の失われた10年(15年)、そして世界金融バブルと、経済の山と谷が交互に訪れた。その都度、社会システムは変った。
子供の頃遊んだ野山は、いま東西の大動脈の高速道路の下にある。都市近郊から失われた懐かしい田舎の原風景。いまも地方の田舎に行けば残っている。ところが、屋久島はもっと古い時代の日本の原風景だ。ここでは、縄文や弥生の時代の大自然が見られるような気がする。人間が自然を怖れ、敬い、自然の恵みをいただいて生きてきた頃の風景があると、私にもしっかり感じられるのだ。
生命の多様性が屋久島の宝だ。人類は核の恐怖と地球温暖化の現実を知って科学万能神話を遠ざけた。いま多くの人々が共生社会の実現を願ってさまざまな活動を始めている。ひとりひとりが主役の時代が訪れている。
「気付きから、行動へ」と呼びかける人、連帯(ネットワーク)や人の輪(和)作りにいそしむ人、自己実現と社会貢献活動を両立させる人。人は表現をするため生れる。生れてから死ぬまで人間は自分を表現し続ける。
「冬の天気はこんなもんさ」と、屋久島に移住して何年もたつとわかってくるそうだ。屋久島の生きる道は、多くの先達が示してくれている。幸いなことに屋久島ブームはまだ続くだろう。テレビ、雑誌等メディアが宣伝したおかげで観光客は増加した。今年7月には皆既日食もある。稼ぐ好機は失くなっていない。
問題は、いままでハッキリした方針の下に準備をしてこなかったこと。漠然と右肩上がりの流れにただ任せ、観光業や一次産業を発展させるシステム作りを怠ってきたことは否定しようがない。入島税や入山税の議論を何年も続けながら結論を出してこなかったことだけ見ても明らかだ。国が悪い、県が、町が、協会がと、責任を押付けあっている場合ではない。いまからでも遅くないからまず一歩を踏み出すべきだ。そういう意味では、県の入山税実施に期待する。誤ったら修正すればよいのだ。
必ずしも評判が良いとはいえない観光業のサービス向上も欠かせない。観光立島には、高品質なもてなしでリピーターを増やすことが必須なのだ。
また、屋久島丸の就航など強気策も結構だが、大型フェリー2隻の不毛な争いは井の中の蛙を見るようで情けない。許認可でしばられている経済分野はわかりづらいが、南西諸島全体に視野を広げて広域遊覧するなど、発展的なけんかなら大歓迎だ。
もしも屋久島で経済危機が深刻になったら、逆にピンチをチャンスに転じればよいのだ。人口減はまず経済の、そして社会全体の活力を削ぐ。自然条件に恵まれた屋久島は半自給自足が可能で、身の丈にあった暮らしは幸せに通じる。だが、持続可能な社会づくりに経済の活力は欠かせない。
何もしなければいずれは島全体が限界集落に近づき、衰退へと向かうのみ。過疎地の町では、人口増を公約に掲げた首長が当選する時代だ。都会で職を失った若者は、離島で受け入れればよいと思う。仕事は緑の雇用で創り出せばよいのだ。時代の転換点を見据えて、三歩先を想い描き、一歩先を見据え、半歩先を実行すれば、グリーンニューディールがもたらす未来の幸福に到達することは不可能ではないだろう。
NPOを作るにあたって、「緑の風」と命名したのは屋久島自適塾主宰の礒邊自適氏だ。とても良い名前と思っている。
一年目は移住支援活動以外できなかったが、二年目の昨年、NPOは移住者と共に地域づくりを行っていこうと方向性を固めることができた。「屋久島移住ネットワーク」とした意味も、おいおいと具体的にわかってもらえればと思っている。
今年は、「緑」の名前にふさわしい活動が始められそうだと期待している。いずれは屋久島に緑の空気が満ち、屋久島から緑の空気が世界に流れるようになればと願う。風まかせにはしたくない。
以上は、WEB管理人ミナミの個人的な意見であり、NPO法人としての見解ではないので念のため。


