雑記帳


先頃、矢筈岬でゴミ清掃活動を行なってくれた学生サークルの方から、礼状(メール)をいただいたのでご紹介したいと思う。

矢筈岬の海岸清掃

「早稲田大学学生環境NPOの環境ロドリゲスです。
 今回、9月の屋久島エコツアーにご協力をお願いした、矢筈岬での海岸清掃が無事に終了したことをご報告したいと思い、メールを送らせていただきました。
 当日は天候に恵まれ、縄文杉へのトレッキングや海岸清掃など全てのコンテンツをこなすことができました。
 矢筈岬には予想以上のゴミがあり、ツアーを企画したスタッフ・ツアー参加者全員が驚きましたが、清掃終了後には達成感を感じました。
 ツアー参加者からは、『縄文杉を見たことよりも、海岸清掃をしたことのほうが人生を変えてくれた』との声もあり、屋久島エコツアーを企画して良かったと心から思いました。
 このようにスタッフ・ツアー参加者に大きな影響を与えられたのは、NPO緑の風や屋久島に住む方々のおかげだと思っています。
 ほんとに多くの方に協力して頂き嬉しく思いました。また、たまたま旅行に来ていた東京農業大学の方達3名も海岸清掃に参加してくれたりと、人の温かさに触れることができ、貴重な経験になりました。」

矢筈岬の海岸清掃

環境ロドリゲスは、世界遺産地域でのエコツアーをいままでも行なってきたそうだ。この春先、屋久島で海岸清掃を行ないたいので現地の状況を教えてほしいと、ロドリゲスの山岸さんからNPO緑の風へ連絡があった。当法人も環境保全を活動の趣旨に掲げているので、喜んでご協力することにした。
9月予定のツアーには約30名の学生さんが参加し、島内での学習や清掃ボランティア活動、そして観光を行なうという。海岸清掃は安全第一なので、慣れた方を案内にお願いしたいと思っていたところ、ヤッタネ!調査隊の手塚さんに指導していただけることになった。

そして9月11日、矢筈岬の海岸清掃を行なったとのこと。屋久島の真北に位置する矢筈岬には、漂着ゴミが吹き溜まる場所がある。風向きや潮の流れ、湾曲した地形の関係で、流れ着いたゴミが台風などあっても出て行かず、溜まりやすい場所だ。体力に自身のある若者でも手こずったのではないかと思う。
町役場環境文化財団などが構成メンバーとなっている『屋久島生物多様性保全協議会』の主催で行なったので、拾ったゴミの片付け等の手順は心配なかった。島の方々も加わって、大人数で一気に片付けたとのこと。

矢筈岬の海岸清掃

11日頃は、ちょうど台湾からの流木の群れが屋久島に差し掛かった頃だ。高速船欠航の影響を受けたツアー一行だったが、屋久島の思い出を深く胸に刻んでいただけたと思う。いただいたメールにあったように、屋久島が良い意味での人生の分岐点になるとしたらすばらしいと思う。
私はこのところ東京にて居て、一緒に海岸清掃できなかったのが心残り。その後、せっかく掃除した矢筈岬が流木で埋まったかと思うと残念な気がするけれど、懲りずにまたゴミ拾いいたしましょう。
環境ロドリゲスの皆さん、屋久島をきれいにしてくれてありがとう。これからもよろしくお願いします。

早稲田大学学生環境NPO 環境ロドリゲス
http://rodo.jp/
屋久島エコツアー2009スタッフブログ
http://blog.goo.ne.jp/siretoko2007/
 
 

20日投票で即日開票だった屋久島町議会議員選挙の結果が、今日の午後になって「ザ・選挙」サイトに発表された。掲載データによると、定数20、立候補者33、有権者数11,104人、投票者数9,873人、投票率88.91%とのこと。

「ザ・選挙」サイトのスクリーンショット

立候補した新人16名の内当選は6名。現職17名の内落選が3名。ちょうど3割の新議員が誕生したことになる。前回報じたように、新旧入り乱れての激戦だったという。現職の議会議長すら落選したほどだ。唯一、政党から立候補した共産党の候補は第一位の高得票だった。
今回立候補した中には移住者が一人いたが落選。Uターン者2名は当選。新議員20名全員が屋久島で生まれた方だ。
選挙公報で「町民が主役」や「町民目線で」という言葉を使った候補者が何人もいたが、いままでにはなかったこと。時代の変化が感じられた。

当選された20名の議員には、これから屋久島町が抱える多くの難問解決が期待される。まずは、選挙にあらわれた民意をどう汲み取っていくかだろう。
島民も、選んだ議員にまかせっきりにしないで、一緒になって町づくりを進めてほしい。町政が良くなるのも悪くなるのも、最後は住民が結果を引き受けることになるからだ。離島といえども外界の荒波から逃れることは難しい。厳しい時代に向かって、島民は主権者としての責任をまっとうしてほしいと思う。

追記:
18日の記事で候補者のサイトは無いと書いたが、新しく当選された方がお一人ブログをやられていました。お詫びして訂正します。
≫屋久島ヨカニセの独り言

≫屋久島町議会ホームページ
 
 

9月10日から運休していた種子島・屋久島と鹿児島を結ぶ高速船が、20日午後から条件付ながら運航を再開した。
3年前トッピーが流木に衝突した事故の後、見張りを増やすなど運航に細心の注意を払い事故らしい事故は起こっていない。再開後も当面は、暗くなっての便は流木を回避できないので欠航するとのこと。

鹿児島港のトッピー
(写真は、衝突事故の後4号から7号へ改名したトッピー)

1989年トッピーの竣工以来離島の足として活躍してきたジェットフォイルは、現在はトッピーとロケットの2社8隻体制となっている。高速船の運航密度がこれだけ高いのは、全国でも種子屋久航路だけだそうだ。過当競争が心配されているが、値下げ競争でサービスが向上するのは利用者にとってはありがたいことだ。
飛行機やフェリーもあるが、所要時間と料金のバランスがよい高速船は、屋久島の観光客増加に大いに寄与してきた。それが10日間も動かない状態が続き、観光など両島の経済面への悪影響が心配されていた。

やっと平常に近い状態に戻ったが、連休前半の予約取り消しは大変な数に上っているという。観光業界の遺失利益は膨大だろう。
流木問題も全て解決したわけではない。まだ千本以上も残っているといわれる流木を回収するのが急務だ。今回、海上保安庁の巡視船のほか、種子島・屋久島漁協の漁船や海上自衛隊の艦船も回収にあたっているようだが、黒潮のゆれる波間から1本1本拾い上げる作業は簡単ではない。
大隅海峡付近における漂流木対策については、鹿児島県ホームページに詳しくあるので参照してください。

また、高速船の運航状況については、各船会社のホームページで確かめてください。
≫トッピー(鹿児島商船)
≫ロケット(コスモライン)
下の日毎の流木位置・範囲図()を見比べて欲しい。この数日間の流木騒動の状況がリアルに伝わってくるような気がする。

10管流木位置情報
(15日の流木位置情報/10管ホームページより)

10管流木位置情報
(17日の流木位置情報/10管ホームページより)

10管流木位置情報
(18日の流木位置情報/10管ホームページより)

10管流木位置情報
(18日の流木位置情報/10管ホームページより)

10管流木位置情報
(19日の流木位置情報/10管ホームページより)

10管流木位置情報
(20日の流木位置情報/10管ホームページより)

10管流木位置情報
(20日の流木位置情報/10管ホームページより)

参考:
≫屋久島発田舎暮らし通信: 高速船が運行再開!
≫南北600キロ 流木 生活・観光に打撃(朝日新聞 2009/9/14)
関連記事:
≫流木問題~続報
≫流木問題は島の経済全体に打撃?
 
 

上屋久町と屋久町が2007年10月に合併して初めての屋久島町議会議員選挙が始まっている。任期満了のため。9月15日告示、20日投票。合併特例による現在の議員数22名が、改選後は20名となる。

いま選挙戦たけなわである。宣伝カーが島中を走り回っている。
9月16日の読売新聞からちょっと引用。『33人が立候補を届け出た。立候補したのは現職17、新人16で、党派別では共産1人、無所属32人となっている。(中略)手数料の金額や福利厚生など、合併前から続く格差の是正が主な争点となっている。投票は20日午前7時~午後6時で、同8時から同町宮之浦の町離島開発総合センターで開票される。また、口永良部島の2か所では18日に繰り上げ投票となる。14日現在の有権者数は1万1188人。』

南日本新聞9月10日の記事

選挙公報が配られている。島外の方は、候補者一覧がインターネット新聞JANJANの「ザ・選挙」サイトにあるので見てほしい。
候補者の平均年齢は57.7歳。全員男性である。以前から女性の立候補は限られていたが、今回はゼロ。もちろん、屋久島町に女性議員はいない。議員のブログやホームページは見たことがないし、新しい候補者もサイトを開いてはいないようだ。(もし有ったら教えてください)
女性が家庭を守って雑用をこなし、男性が外向きの仕事を引き受けてきたのが島の生活だ。島外へ出てしまう若者が多いので、いきおい政治は年配男性の役割となる。そんな島社会が長く続いてきたのが屋久島だ。

島外にはチェンジの強風が吹いているが、屋久島はどうだろう?
8月30日衆院選の比例区投票では、屋久島に逆転現象が起きた。鹿児島の離島は強固な保守地盤といわれてきたが、変化の兆しが現れはじめているのだろうか。
観光立島をめざし新たな地域づくりを進めるためにも、若者や女性をひきつける魅力が、大自然のすばらしさだけでなくこの屋久島の社会にも必要だと思う。若者や女性の代弁者が居ると居ないのとでは、政治に対する関心の向き方が異なってくるのではと心配だ。
人口の約1割を占める移住者にとっても、島の行く末に無関係というわけには居られないと思う。若者も、移住者も、選挙には必ず行っていただきたいものだ。

上の画像は9月10日南日本新聞の切抜き。屋久島の記事の中では切り込んでいる。島外の風を受けたのだろうか。
いままでだったら告示の前に当落の趨勢がわかっていたというが、新人が多いので票読みは難しいと聞く。
島の有権者は、どのような意思表示を行うのだろうか。今回の町議選のゆくえに、島の将来がはっきりと見えるのではないかと思う。
 
 

口永良部島周辺には流木がごろごろしていると知人から聞いた。種子島の長浜に打ち上げられた多数の流木の写真がネットに出ていた。
屋久島は15日から町議会議員選挙に突入したが、投票日の20日をはさむ連休(シルバーウィーク)は観光業のかきいれどきなので、流木問題が島経済に重くのしかかってきた。

10管流木位置情報
(15日の流木位置情報/10管ホームページより)

観光協会は町へ要望書を出し、町は県へ要望をあげる。種子島屋久島振興協議会(両島の4市町で構成)や県旅客船協会は、自衛隊の災害派遣など早急な対策を求める要望書を県に提出したそうである。
自衛隊は装備の不備などを理由に動けないとのことだが、県は漁協や港湾・漁港建設協会に対し、流木回収作業への協力を要請。漁船の燃料代を負担するという。既に種子島の漁協関係者は動き始めていた。

人海戦術が有効となり、高速船の運行再開が連休に間に合えば、観光業への悪影響を少しは防げるかもしれない。17日からは、JAC(日本エアコミューター)が鹿児島~種子島に臨時便を飛ばし、1日3往復から4往復へとなるそうだ。屋久島は1日5往復で変わりなし。
選挙の宣伝カーが姦しい割りに、島民は意外とあっけらかんとしているという。フェリーや飛行機が動いているので物資や人員が移動でき、とりあえず困らないからかもしれない。

しかし、来島の人数は間違いなく減っている。レンタカーも前ほど動いていない。ガイド業や宿泊業へのダメージも増えそうだと聞く。
観光客減少で直接影響を受ける人と受けない人とでは、島の外と内とでは、流木問題の受け止め方に温度差が見受けられるような気がする。高速船長期運休の影響の大きさは、しばらく経ってからでないと、はっきり現れないのかもしれない。
 
 

先週はじめ、トカラ列島沖で見つかった約5000本といわれる流木は、海流に乗って大隈海峡付近へ達し、各地で被害を広げている模様です。新たに、奄美大島近海で1200本見つかったとの報もありました。
巡視船などが回収作業を続けていますが、終了のめどは立っていないとのことです。鹿児島港と種子島・屋久島を結ぶ高速船は、10日以降ずっと欠航が続き、再開の見通しが立ちません。宿のキャンセルも出ているようです。

いなか浜の流木

 ・・・続きは島交流の会ブログで。
 
 

種子島からの話題です。夜中で天気もよくなかったので、屋久島から打上を見た人はほとんど居なかったかも。

『国際宇宙ステーションへ物資を運ぶ新型の無人補給機が、種子島宇宙センターから11日未明、これも新型ロケットによって打ち上げられました。
スペースシャトルが来年退役すると、宇宙ステーションへ大型物資を運ぶ手段はこの無人補給機だけになるとか。日本の科学技術の高さに、アメリカ・中国をはじめ世界が注目しているそうです。』
 ・・・続きは島交流の会ブログで。
 
 
Studiof32サイトのスクリーンショット
追記:
ロケット打ち上げの様子を屋久島から撮っていた方がありました。写真家の大沢成二氏です。
11日の真夜中に、安房付近にカメラを据え、種子島から上る火柱を撮ったとのこと。詳しくは大沢成二ホームページ Studiof32で。
 
 

ブランド総合研究所が9月10日発表した「地域ブランド調査2009」の調査結果によると、全国で最も魅力的な市区町村は、1位が函館市、2位札幌市、3位京都市、4位横浜市、5位神戸市と続き、町としては10位軽井沢町の次ブランド総合研究所が9月10日発表した「地域ブランド調査2009」の調査結果によると、全国で最も魅力的な市区町村は、1位が函館市、2位札幌市、3位京都市、4位横浜市、5位神戸市と続き、町としては10位軽井沢町の次に11位屋久島町だった。昨年に比べて上位の順位はほとんど変わらず、屋久島町も同順位。また、都道府県に対する評価で鹿児島県は18位だった。

調査対象は全783市(2009年4月末現在)と東京23区、および地域ブランドへの取り組みに熱心な194の町村を加えた計1000の市区町村。それと今回新たに47都道府県を加え、認知度や魅力度、イメージなど全63項目を調査したということだから、その中で屋久島の11位は立派なもの。
世界遺産の知名度が、ここでもものを言ったことは疑う余地がない。私見だが、自治体としての屋久島町ではなく、地域としての島の魅力に高い評価がついたのだと思った。

リリースによると、平成の大合併で地域のかたちが見えにくくなっており、消費者が何をどの程度評価しているか、地域の魅力がどれだけ伝わっているか、いないかを判断することが、地域ブランド戦略に取り組む上で非常に重要だとのこと。
市区町村のデータは過去3年分あるというので、「観光してみたい」自治体や「住んでみたい」自治体の詳細な区分けデータを知りたい気がする。
 
 屋久島町だった。昨年に比べて上位の順位はほとんど変わらず、屋久島町も同順位。また、都道府県に対する評価で鹿児島県は18位だった。

調査対象は全783市(2009年4月末現在)と東京23区、および地域ブランドへの取り組みに熱心な194の町村を加えた計1000の市区町村。それと今回新たに47都道府県を加え、認知度や魅力度、イメージなど全63項目を調査したということだから、その中で屋久島の11位は立派なもの。
世界遺産の知名度が、ここでもものを言ったことは疑う余地がない。私見だが、自治体としての屋久島町ではなく、地域としての島の魅力に高い評価がついたのだと思った。

リリースによると、平成の大合併で地域のかたちが見えにくくなっており、消費者が何をどの程度評価しているか、地域の魅力がどれだけ伝わっているか、いないかを判断することが、地域ブランド戦略に取り組む上で非常に重要だとのこと。
市区町村のデータは過去3年分あるというので、「観光してみたい」自治体や「住んでみたい」自治体の詳細な区分けデータを知りたい気がする。

去年ほどではないが今年も屋久島に来る台風は少ない。空梅雨だったこともあり、雨量の少なさは記録的ではないかと思っていたら、今月に入って大雨や雷や地震まで来た。天候のブレは年々ひどくなる。温暖化は、間違いなく進んでいると思う。
あれから1週間が経つ。総選挙の結果もやはり、天変地異に匹敵する出来事だったと思う。

選挙演説

古新聞の片付けをしていたら、たまたま皆既日食当日の記事が目に留まった。考えてみたら、日食前日の21日が衆議院解散の日だった。
いざ決戦!などと勇ましい文言がかしましい。選挙の日が近づくにつれ、歴史的瞬間が近づいているという見出しが躍っていた。そう言えば、皆既日食にも「世紀の天体ショー」と枕詞が付いていたっけ。マスコミは大仰に騒々しくするのが得意だ。離島の繰上げ投票が順調に行われているという記事もあり、選挙結果が出るまで落ち着かなかったことを思い出した。

思えばずっと昔から願ったチェンジだった。戦後の高度経済成長期を通して、我々は物質的には豊かになった。容易に欲しいものが手に入るようになった。しかし、失われたものの大きさを忘れたわけではなかった。
バブル崩壊で経済成長が止まり、長い停滞の時代となる。社会のひずみや様々な格差が広がるようになった。そこでチェンジだ。
政権交代が実現して実際に世の中が変わるかどうかはこれからだが、期待するような結果が出なければ我々はまたチェンジを願うのだろうか。

毎日新聞8月31日の社説に、「かじ取りを委ねた有権者にも責任がある。日本政治は、これまで以上に国民が当事者として参加、監視する新時代を迎えたのだ。」とあった。他力本願をやめ、主体的にかかわれと言っている。
もちろん、人々にとって普段の生活の中で政治にかかわることは簡単ではない。仕事に追われ、生活に追われ、遊びに追われ、政治は身近な存在ではない。
しかし、政治は利害調整を担ったり国の仕組みを定めたりする社会の基本だ。自分や家族を大切にするためにも、政治と無関係ではいられない。

劇的な選挙結果だった割には、世の中に高揚感が見られない。直ぐにも景気が良くなり社会に明るさが満ち溢れるわけでもないから当然とはいえ、それだけが理由ではなさそうだ。
国民の多くが、あちらが期待できて良いというプラスの選択ではなく、こちらは信用できなくてダメだ、一度変えようというマイナスの選択をしたからではないだろうか。従来の政権党に白紙委任を続けてきたが、どうにも具合が悪いと気付き、変化を望んだのではないだろうか。
しかし、政治は他人事と自らものを言わず、長く他人まかせにしてきた結果、能動的な選択ができなくなってしまっているかもしれない。4年前のフィーバーも、思えば受け身の熱狂だったような気がする。

憲法に、主権は国民にあると書いてある。将来が見通せない時代だ。変化への主役を、国民は引き受けるつもりがあるのだろうか。本気度が試されるのはこれからだ。
まずは、新政権を見守らなくてはならない。旧政権党も気品を持って再生して欲しい。国民自身も、社会参加を通じた政治へのかかわりを始める必要があるだろう。「公」に身を委ねてばかりではなく、「公共」を自ら創りだしていく気概を人々は持ってほしい。
社会参加をもっと身近なものにするためには、NPOや地域コミュニティーなど新旧の共同体が機能することが望ましい。自然に感謝し地域のつながりを大切にする伝統的価値観と、経済成長一辺倒から幸福度重視へと舵を切っていく考え方には、相通じる部分があるのではなかろうか。

天変地異の多くは人災と言われるが、今回は人為の結果だった。国のあり方が根本から変わる可能性のあった選挙に、有権者の約7割(屋久島は約77%)が票を投じたのだ。責任を取るのは有権者以外には無い。

屋久島では、9月20日に町議会議員選挙を迎える。島民はいままでどおり選良への白紙委任を続けるのか?それとも主体的に行動するのか?チェンジの風は南の島へまで及ぶのか?島独自の問題が伝統社会を揺り動かす力となり得るのか?
総選挙のデータ(※)によると、屋久島の有権者の意識は、鹿児島の他の離島に比べちょっと違うことがわかる。都市部で圧倒的な強さを見せた新政権党は、郡部ではそうでもなかった。屋久島の比例代表の結果は、他の離島と反対だった。移住者の割合が他に比べて多いことが、ひょっとしたら影響しているのかもしれない。
ともあれ、変化の形が少しでも現れるのかどうか、町議選の結果を注視したいと思う。

こちらを参照してください。
 
 

「日本サードセクター経営者協会」が発足するというので、話しを聞きに9月1日の記念イベントへ出かけた。
サードセクターとは、NPO法人や社団・財団の公益法人、福祉・医療・学校・宗教などの法人、協同組合など、公共性の高い社会分野を表すとのこと。第1セクターは政府・自治体を言い、企業が第2セクターとなる。

JACEVO設立記念イベント

NPO法(特定非営利活動促進法)が施行されて11年、NPOはすっかり日本社会に定着した感がある。去年は公益法人制度の改革も行われ、時代の流れの中で公共分野のあり方が大きく変わろうとしている。とはいえ、多くのNPO法人は経営的に苦しいのが現状だ。
サードセクター経営者協会は、NPOの自立を助けたいとの考えで、NPO経営者の能力を高め、ネットワークを広げる支援を行いたいという。そのため、「つなぐ」「伸ばす」「提言する」という三つの基本機能を掲げている。

政権交代が実現したばかりだが、人口減少や格差拡大、景気の停滞、新興国の台頭と国際競争の激化など、日本社会の基盤は大きく崩れ、来るべき未来の姿はいまだ視界の外である。
新しい公共空間形成の萌芽はいたるところに見られるが、市民社会の先輩格の欧米に比べそれがハッキリした形になっているわけではない。さりとて土着的日本風土との融合も回帰も、地域コミュニティが崩壊しつつあるいまとなっては大変困難な作業だ。

変容しつつある市民社会の中で、サードセクターは公共サービスの新しい担い手として期待が大きい。だが、単に行政の下請け的役割を引き受けるだけなら、社会を変える力にまで育つことはおぼつかない。
日本では、「公」と「公共」の違いがはっきり認識されていない。サードセクターという言葉すらほとんど知られていないのだ。
市民と政府の間に存在し、公共的諸問題を解決したり、創造的未来に向けて活動を始めることが、サードセクターには求められている。しかし、真に三番目の主役として活躍できるかどうかは、市民自身の自覚にかかっているといえる。

サードセクターをまとめようとする試みは日本では初めてのことである。新しい政権党からの来賓挨拶でもそう述べていた。公益法人やNPO法人などの連携が市民を主体にして進めば、いままで公益サービスを一手に担ってきた行政分野に新たなライバルが登場することとなり、社会によい意味での緊張を与えるだろうと期待できる。
サードセクター経営者協会が括ろうとしている社会分野は、可能性が詰まった未来の星である。政策提言まで行えるようになればすばらしいし、すでにある程度の実力は備わっているといえよう。
協会が発足したいま必要なことは、サードセクターの意義を広く認識してもらうことであり、市民の共感を得ることだ。地道でもいいから継続した活動を願いたいと思う。

参考:
≫非営利団体:経営のノウハウ共有へ、協会設立 政策提言も目指す(毎日新聞 2009/9/2)
 
 

 あと一週間あまりで総選挙だ。新聞等の世論調査の結果が一斉に出てきた。流れは一方に大きく傾いているように見える。4年前とはまったく逆の方向へ。
 翼賛○○とか一億総○○とか、日本社会は熱しやすく冷めやすいようにできているのだろうか。
 自分自身や家族の将来、日本の未来を決める大切な一票である。ここは世間の風潮に惑わされず、落ち着いて静かに考え投票したい。

ゼロ戦の残骸

 8月はいろいろある。夏休み、広島と長崎の原爆、終戦、お盆、高校野球etc.。屋久島のある南西諸島は、第二次大戦末期には戦場となったため、被害も受けたし戦争にまつわる話がたくさんある。
 3月から6月まで続いた壮絶な沖縄戦のあった昭和20年は、3月10日東京大空襲をはじめ日本全土が米軍の攻撃を受けた年だ。屋久島も米軍機による爆撃や機銃掃射を受けたと聞く。
 島内の集落には、戦争で亡くなった方々の慰霊碑が建立されている。周辺の海には、疎開児童を乗せた対馬丸や戦艦大和など幾多の悲劇が眠っている。零戦の残骸はいまでも島のまわりに残されているという。

 太平洋戦争は、その名前からしてもわかるように海洋国家同士の覇権を競う戦争だった。南西諸島周辺の海は、いまも資源や覇権をめぐる争いから決して無縁ではない。海軍力増強の競争すら起きている。
 そんななかで、核廃絶の理想を述べたオバマ米大統領の演説には勇気付けられた人が多いのではなかろうか。現実味が乏しいのは残念ながら事実。だが、何もしないで理想に近づくことは永遠にできないのだ。

 戦後生まれがほとんどとなった現在の日本。戦争体験者が少なくなるとともに忌まわしい記憶は薄れ、実感を伴わない歴史上の出来事になってしまっている。戦争責任の認識さえ危うい。
 戦争とは殺し合いであり、勝ったほうも負けたほうも大変な損失を被るのだ。殺すのも、殺されるのも、どちらも同じ血の通った人間だ。
 戦争をなくすために戦争の記憶が受け継がれていってほしいと願うのは私一人ではあるまい。人から人へ世代を超えて伝えていくことで戦争をなくす力が生まれると考えたい。

 人類は争いを乗り越え手を結んでいってほしい。互いに利害や立場の違いを認め合い殺しあわない時代が訪れてほしい。
 戦争の記憶を次の世代に伝えなくてはならないのはそのためだ。8月は、戦争を思い出す季節であり、平和を願う季節なのだ。
 
 

日本で46年ぶりの皆既日食は、結局、場所によって天候の運不運が分かれた。
梅雨前線の思わぬ南下で、トカラや屋久島南部、種子島などは、雨模様の分厚い雲に太陽を(月も)遮られてしまった。
奄美、喜界島、屋久島西北部などは、パーフェクトとまではいかなくとも、太陽が月によって欠け満ちるさまを観測できたとか。コロナやダイヤモンドリングまで見られた幸運な方もいたようで良かった。

日本国中(世界中?)でフィーバーした皆既日食の映像が、もうネットから見られるようになっている。NHKは、生中継番組の一部(硫黄島と太平洋上の船から撮影したもの)を、放送終了直後に番組サイトとYouTubeで公開した。
 

 

 
(続きは、「かごしま・島交流の会」サイトで)
 
 

日本で46年ぶりの皆既日食だったが、あいにくの雨降りや曇りで、残念ながら屋久島南部で日食を見ることはできなかった。

日食撮影用カメラ

噂によると、宮之浦から永田の方面では、雲の切れ間からチラッと見られたとか、ダイヤモンドリングもばっちりだったとからしい。日食を見ようと南に向かった人は見ることができず、島の西北部に残った人は見ることができたという皮肉な結果に・・・・・
(続きは、「屋久島発 田舎暮し通信」ブログで)
 
 

無情な雨雲レーダー。
いえいえ、レーダーが無情ではなくて、雨雲が恨めしい。
皆既日食の当日を迎えた屋久島だが、これでは日食が見られない。
奇跡がおきてほしいとみな願っている。

(tenki.jpサイトからのレーダー画像が表示されるまで時間がかかる場合があります。画像をクリックすると拡大します)


 
 
皆既日食観測で来島された方々が情報交換の場として利用しているネットの掲示板でも、天気情報が最大の関心事である。
≫皆既日食2009掲示板

でも、もしも望みどおりの結果を得られなくても、気を取り直して屋久島を楽しんでいってほしい。山も、海も、里も、きっと屋久島はあなたに答えてくれるでしょう。
 
 

7月22日皆既日食の本番がいよいよ明日に迫りました。気になる天候は?
微妙なところらしいです。日本気象協会サイトに各地の晴天率が示されていますからご参考まで。

安房の夏祭り

一週間前まではお日様がずらりと並んだ九州地方のお天気マークでしたが、全国的に傘の絵柄に変わってしまいました。でも・・・・・
(続きはかごしま島交流・南の島暮らしブログで)
 
 

 山は大雪、フェリーは欠航。悪天候で迎えた屋久島の正月だが、世の中は大きな転換点にあるようだ。
 昨年、百年に一回の津波といわれる経済危機で、世界の景気が急に悪くなった。株が下がった、受注が無い、資金繰りが厳しい、売上が落ち込んだという話をあちこちで聞く。派遣切り、雇い止め、内定取り消し。雇用不安が不況の空気を一層広げている。大晦日、日比谷公園に「派遣村」ができたと聞いて行ってみた。

年越し派遣村の受付テント

派遣村の風景

 
 年越し派遣村は、公的サービスが受けられない年末年始の期間、仕事と住まいを失った労働者に食事と眠る場所を確保しようと、もやい等NPO法人や全国ユニオンなど労働組合が共同で開設したものだ。寒空で夜をすごせば命にかかわる。困ったときの助け合いだ。
 世界大競争(グローバリゼーション)の下、日本のトップ企業は雇用をないがしろにしても内部留保を守ろうと懸命になっている。真っ先にやったことは派遣切り。企業の社会的責任(CSR)が問われている中、口では雇用を守ると言いながら、忌々しいことだ。競争力の源は人の力なのに、人間を大切にしない企業に明日があるのだろうか。
 公園の暗闇の中では、組合スタッフやボランティアの若者たちが多勢動き回っていた。大型テントのテレビでは紅白も見られたようだ。年明け以降も、入村者は次々に増えた。

 医療、年金、失業保険、生活保護etc.財政支出の切り下げもあって日本のセーフティーネット(=生活の安全網)が危うい。憲法で保障された生存権の危機だ。高齢者など弱者の切捨て政策を政府が行っていると非難の声が多い。
 規制緩和の結果、働く人三人に一人が非正規となった日本。雇い止めされた者にとって“正月どころじゃない”事態だ。ハローワークは年末30日まで業務を延長したそうだが、365日休みなしのコンビニ時代に役人はその程度しかできないのかと残念に思った。
 ここ何年も日本では、一日約90人が自殺しているという。中高年男性が過半を占め、多くは経済的理由からだと聞く。殺伐とした世の中で、ホームレスを支援する民間ボランティア、介護や福祉の低賃金の現場、国が面倒を見ないならと手を挙げる市民や自治体がある。いま社会は心ある人々が支えている。せめてもの救いか。

 セーフティーネット危機の原因を作ったといわれる小泉改革の功罪が論じられている。時代遅れの国の仕組みを大胆に変えようとした点は高評価。変えた方向が必ずしも良くなかったという意見がいま主流。国家主義的な政策がドンドン実行され、憲法を変えよう守ろうの国論分裂の危機を招いたのも確か。一昨年は、平和と人権をうたった現行憲法改悪反対の運動が盛り上がった。
 なにより、「勝ち組」「負け組み」という言葉に象徴される格差をもたらし、いまの不安定な社会構造を生み出したのは、新自由主義経済をやみくもに推進したからだ。改革の出発点に一旦もどることが肝要ではなかろうか。

 国のセーフティーネットの低下を、助け合い・支えあいの心が補う。14年前の阪神大震災のとき、ボランティア活動の助けが大きな力となった。地域コミュニティ再生の必要性も認識された。「ロスジェネ」誌や反貧困ネットワークの創設などは、弱者の相互扶助システムづくりの一歩だ。本来、行政サービスが担うべきことを、市民自身がやり始めている。新たな公共体の出現である。(参考:NHK視点・論点「シリーズ格差・貧困」
 格差社会の拡大に対し、政府が手をこまねいて何もできない現状は悲しい。派遣村の風景が今年限りであってほしいと強く願う。

年越し派遣村の大型テント

世界恐慌からニューディールへ

 
 年末から元旦の新聞の社説やコラムに目を通してみた。各社とも、百年に一度といわれる深刻な経済危機の原因が市場原理主義の行き過ぎにあったと述べ、人間らしさを取り戻して危機を乗り越えようと説く。「新自由主義の崩落」(読売)、「人に優しい社会を」(毎日)、「人間社会を再構築しよう」(東京)、「人間が主役」(朝日)などの文言が各紙に並ぶ。「危機をチャンスに」「格差を生まない構造改革」や「緑のニューディール」などが、「人口減社会」となった日本の進む道としている。
 「百年規模」というグリーンスパン元FRB議長の発言が大きく取上げられたのは、1929年の世界恐慌に匹敵するほどの信用収縮からだが、同時に、今いくつかの歴史的大転換が起こっているという背景を知る必要がある。

 まず、ペーパーマネー(不換紙幣)体制が崩壊したこと。レバレッジ(てこ)を利かして何倍もの信用膨張をさせてきた金融システムが、サブプライムローンの破綻をきっかけにいよいよ行き詰った。米の住宅バブルにより支えられていた世界の様々なバブル(一例として資源高)が一斉にはじけ、しばらくは巨額マネーの行き所がない。マネーゲームの時代は変わる。
 もっと大きな転換は、石油の世紀がそろそろ終わるということ。日本を含めた世界の自動車メーカーの売上が急落した原因は、単に燃料高や不況のせいではない。温暖化という地球・人類の危機に消費者が敏感になっているからだという。
 資源、とりわけ石油の奪い合いは、近代以降いくつもの大きな戦争を産んだ。300万人以上の日本人が亡くなった太平洋戦争は、列強の資源封鎖が引き金となった。今行われているイラク戦争の原因も石油だ。中東、アジア、アフリカなど各地で行われている戦闘は正月も続き、今この瞬間にも大切な命が失われている。石油を主要エネルギーとした時代を終わらせることができれば、戦争をなくしたいとの人類の願いに近づくことになる。

 文明発祥の地、中国、インドが数世紀ぶりに歴史の表舞台に戻ってきたこともある。インターネットの進化で地球はますます狭くなった。IT化はさらに進み、グローバル化を加速させている。技術進化の負の側面は大きいが誰も止めることができない。ロボット化や原子力もそうだ。そして変化が蓄積し、パラダイム(枠組み)の大転換が起こる。
 化石燃料の大量消費は地球環境に危機をもたらした。過剰生産と過剰消費は格差を生み、世界に争いを蔓延させた。便利さはリスクを伴うことがわかったので、道具に使われることを止め人間らしさを取り戻したいと人々が考えるようになった。工業社会から脱工業社会へ、大いなる過渡期が始まっている。

 未来社会は、石油や穀物を燃料にしない車が当たり前になるだろう。移動手段としての車がなくならないことが前提だ。介護ロボットは普通になり、危険な作業を人間が直接やることが減るだろう。エネルギーやコミュニケーション技術の革新が進み、産業構造の変革に成功する。外国人労働者や移民をもっと受け入れるようになり、地域社会も流動化して、少子化のスピードが緩やかになる。
 ロハスなライフスタイル、都会生活と田園生活を交互に楽しむ人々が増え、第一次産業はいまよりもっと見直される。都会の非正規労働の若者たちが田舎に移住し、農業従事者が増え、食料自給率が回復し、環境や食料などの安全保障で日本は世界へ貢献できるようになるだろう。屋久島では、自然遺産の文明的意味と生命の真理を研究する施設ができ、世界中の学者が集って情報発信するようになるだろう。
 以上は、日本版グリーンニューディールが実行されればの話し。だが、緑の産業創造が目標とする循環型社会実現のために、農林業への期待は大きいのだ。現実に、農業を志す若者は増え、各地で新しい試みが始まっている。

日比谷公園隣のホテルのイルミネーション

屋久島の風景

 
 変革期であっても、社会の貧困が眼前の課題であることに変わりはない。否むしろ、貧困を乗り越えることが世界の平和や人類の幸福につながるのだ。
 海に隔てられた離島でも問題は同じ。平和な島、屋久島にも、2009年は厳しい現実が及ぶかもしれない。不景気の波が押し寄せ、観光客の増加を期待することはもはやできず、雇用不安が若者を襲う事態もありうる。就業機会の少ない島社会では、バブルの後遺症は長引くものだ。世界遺産と浮かれているうちに自然の荒廃が進んだので、回復には大変なエネルギーを要するにちがいない。

 私は終わりの方の団塊世代だ。生れてからの半世紀は、戦後の高度経済成長、二度のオイルショック、空前のバブル経済、その後の失われた10年(15年)、そして世界金融バブルと、経済の山と谷が交互に訪れた。その都度、社会システムは変った。
 子供の頃遊んだ野山は、いま東西の大動脈の高速道路の下にある。都市近郊から失われた懐かしい田舎の原風景。いまも地方の田舎に行けば残っている。ところが、屋久島はもっと古い時代の日本の原風景だ。ここでは、縄文や弥生の時代の大自然が見られるような気がする。人間が自然を怖れ、敬い、自然の恵みをいただいて生きてきた頃の風景があると、私にもしっかり感じられるのだ。

 生命の多様性が屋久島の宝だ。人類は核の恐怖と地球温暖化の現実を知って科学万能神話を遠ざけた。いま多くの人々が共生社会の実現を願ってさまざまな活動を始めている。ひとりひとりが主役の時代が訪れている。
 「気付きから、行動へ」と呼びかける人、連帯(ネットワーク)や人の輪(和)作りにいそしむ人、自己実現と社会貢献活動を両立させる人。人は表現をするため生れる。生れてから死ぬまで人間は自分を表現し続ける。
 「冬の天気はこんなもんさ」と、屋久島に移住して何年もたつとわかってくるそうだ。屋久島の生きる道は、多くの先達が示してくれている。幸いなことに屋久島ブームはまだ続くだろう。テレビ、雑誌等メディアが宣伝したおかげで観光客は増加した。今年7月には皆既日食もある。稼ぐ好機は失くなっていない。

 問題は、いままでハッキリした方針の下に準備をしてこなかったこと。漠然と右肩上がりの流れにただ任せ、観光業や一次産業を発展させるシステム作りを怠ってきたことは否定しようがない。入島税や入山税の議論を何年も続けながら結論を出してこなかったことだけ見ても明らかだ。国が悪い、県が、町が、協会がと、責任を押付けあっている場合ではない。いまからでも遅くないからまず一歩を踏み出すべきだ。そういう意味では、県の入山税実施に期待する。誤ったら修正すればよいのだ。
 必ずしも評判が良いとはいえない観光業のサービス向上も欠かせない。観光立島には、高品質なもてなしでリピーターを増やすことが必須なのだ。
 また、屋久島丸の就航など強気策も結構だが、大型フェリー2隻の不毛な争いは井の中の蛙を見るようで情けない。許認可でしばられている経済分野はわかりづらいが、南西諸島全体に視野を広げて広域遊覧するなど、発展的なけんかなら大歓迎だ。

 もしも屋久島で経済危機が深刻になったら、逆にピンチをチャンスに転じればよいのだ。人口減はまず経済の、そして社会全体の活力を削ぐ。自然条件に恵まれた屋久島は半自給自足が可能で、身の丈にあった暮らしは幸せに通じる。だが、持続可能な社会づくりに経済の活力は欠かせない。
 何もしなければいずれは島全体が限界集落に近づき、衰退へと向かうのみ。過疎地の町では、人口増を公約に掲げた首長が当選する時代だ。都会で職を失った若者は、離島で受け入れればよいと思う。仕事は緑の雇用で創り出せばよいのだ。時代の転換点を見据えて、三歩先を想い描き、一歩先を見据え、半歩先を実行すれば、グリーンニューディールがもたらす未来の幸福に到達することは不可能ではないだろう。

 NPOを作るにあたって、「緑の風」と命名したのは屋久島自適塾主宰の礒邊自適氏だ。とても良い名前と思っている。
 一年目は移住支援活動以外できなかったが、二年目の昨年、NPOは移住者と共に地域づくりを行っていこうと方向性を固めることができた。「屋久島移住ネットワーク」とした意味も、おいおいと具体的にわかってもらえればと思っている。
 今年は、「緑」の名前にふさわしい活動が始められそうだと期待している。いずれは屋久島に緑の空気が満ち、屋久島から緑の空気が世界に流れるようになればと願う。風まかせにはしたくない。

以上は、WEB管理人ミナミの個人的な意見であり、NPO法人としての見解ではないので念のため。
 
 

屋久島の詩人として著名な山尾三省さん。没して8年目の命日にあたる8月28日、一湊地区白川山のやまびこ館で「三省忌」が行なわれた。生前の三省さんと親交のあったメンバーがおり、当法人から6名が出席した。
白川山やまびこ館
山尾三省さんのプロフィールに、「1977年、屋久島の廃村に一家で移住。以降、白川山の里づくりをはじめ、田畑を耕し、詩の創作を中心とする執筆活動の日々を屋久島で送る」とある。(葉っぱの坑夫より引用、サイトには詩の掲載もあり)
兵頭昌明氏
屋久島に移住して後の作品に、『聖老人』(野草社)、『縄文杉の木陰にて』(新宿書房)、『びろう葉帽子の下で』(野草社)、『ここで暮らす楽しみ』(山と渓谷社)などの詩集や出版物がある。
山尾三省記念会世話人代表の兵頭昌明氏のご挨拶や記念会の総会が続く。総会式次第などの後、三省忌の法要が始まった。
三省忌法要
三省さんが書いた「子供達への遺言・妻への遺言」がよく知られている。
「日本のどこの川の水も、屋久島の水のように、どの川も飲めるようにしてほしい。 日本国憲法の第9条を世界の憲法第9条にして、戦争をなくしてほしい。 核兵器・原発をこの地球上からなくしてほしい。」 (『MORGEN』2001年7月7日号より)
「三つの遺言」は、地球環境の危機と、三省さんが亡くなって直ぐの911同時多発テロから始まった新たな争いの時代への警鐘と受け取れる。平和な島、屋久島から発するとても強いメッセージだ。
クサギの花
「やまびこかん」は白川山集落の公民館。式の始まる前小降りだった雨が、いつの間にかあがっている。クサギの白色と赤色のまじった花が、広場の周囲をうずめている。春の季節にここは、アブラギリの豊かな白い花が咲きほこる。その実が大部ふくらんで、ひろばの地面にも落ちていた。
石垣雅設氏
野草社の石垣雅設氏から、10月11日に東京で行なわれる生誕70年祭イベント「アニミズムという希望」の説明と参加の呼びかけがあった。10月9日~13日に、「山尾三省回顧展」も開催されるとのこと。
イベントの詳細はこちらから
また、同様の催しが鹿児島市内でも行なわれるそうだ。生誕70年祭が11月3日、回顧展は11月1日~7日。お問い合わせはかごしま実行委員会事務局(TEL:099-248-5455)へ。
オリオン三星賞受賞の記念撮影
ニ年前、三省さんを記念して「オリオン三星(みつぼし) 賞」が設けられた。屋久島の小学生・中学生・高校生の詩作を募集して、立派な作品を表彰するものだ。
「すばらしい自然の中で育ち暮らしている子どもたちに詩をと、生前の三省さんはよく語っていた。山尾三省の詩にふれてほしい、すばらしい詩をつむぎだしてほしい」と主催者。写真は、受賞者の記念撮影。
法要後の懇談会
第三回オリオン三星賞の応募作品は、屋久島の子どもたちの詩として冊子「星座」にまとめられている。お問い合わせは山尾三省記念会(0997-44-2763)に。
賞の選者は学校の先生など。終わったばかりの北京オリンピックに擬えて「金メダルに匹敵する、、、」と評する方も。「詩をもう一度万人のものにしたい、万人の心に宿る詩を、、、」と、長沢哲夫さん(詩人ナーガ)が伝える三省さんの言葉に耳を傾ける生徒さんたち。
屋久島町役場の本庁舎前
都合により懇談会を中座した私だが、ライブをずっと聞いていたかった。
写真は当法人の役員さんたち。右端が富永理事長。今年度の事業(10/25屋久島シンポジウム、11/22東京シンポジウム、移住者アンケート、1月滞在型移住体験ツアーなど予定)への協力を町役場にお願いに行ったときのショット。
 
 

5月20日、「第1回・岳参りと綱引きの伝統文化を考える会」が麦生で開かれた。岳参りなど屋久島の伝統文化と大山祇神(おおやまづみのかみ)の研究を行う集いだ。今回の中心議題は6月の大山祇神祭りに関して。
前日に台風4号が東上し地上の塵芥(ちりあくた)を吹き払ったせいか、清々しく会が進められる。そう言えば、きょうは満月。
氏子を中心に、島外からの参加者もあったとのこと。当会(NPO緑の風)から、富永理事長他数名が列席させてもらった。
第1回・岳参りと綱引きの伝統文化を考える会

大山祇神は、日本の山々を主宰する神様とされる。全国に一万社ある山祇神社に祀られていて、愛媛県大三島の大山祇神社がその中心と言われる。
屋久島とのかかわりも深く、記紀によれば、大山祇命(おおやまづみのみこと)の娘の木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと、富士山の神様)と、天照大神(あまてらすおおみのかみ、最高位の神様)の孫、邇邇芸命(ににぎのみこと、高天原=天上界から日向の高千穂へ降臨した)が結婚し、産まれた子供が屋久島の神様、火遠理命(ほおりのみこと)だ。
火遠理命は山幸彦(やまさちひこ)とも呼ばれ、古事記に登場する「海幸彦・山幸彦」の物語の主人公。島の益救(やく)神社の祭神として祀られている。山幸彦の孫の若御毛沼命(わかみけぬのみこと)は、宮崎の地を出て大和へ向い(記紀の東征神話)、神武天皇となる。
日本の歴史が誕生する以前の神話の世界だが、屋久島の人々が島の神様を大切にしてきたことは、いまも続けられている祭りから伺われる。
大山祇神社

大山祇神の祭祀は来月、麦生の大山祇神社で行われる。祭主は大山邦博氏。
(以下、翡翠(カワセミ)回覧板より引用)
—————————————-
日時: 2008年(平成20)6月19日(旧5月16日)
     11時開始~12時頃終了 (10時受付開始 )

場所: 鹿児島県熊毛郡屋久島町高平
     「ホテルあかつき」の上(ホテル駐車場使用可)

玉串料: 1000円
 奉納演奏は自由参加(参加費無料)
 夕方(4時頃)から 直合 参加費 3000円

昼食及び宿泊は「ホテルあかつき」で出来ます。
 あかつきホテルHP  
 http://www.hotel-akatsuki.jp/
 電話番号 0997-47-2422
 予約は 直接お願いします。

問い合わせ先・連絡先: 屋久島自適塾
 鹿児島県熊毛郡屋久島町麦生311
 電話 0997-47-3600(係り 藤田邦子)
 メールアドレス yakusimaooyamatumi@yahoo.co.jp
—————————————-
(写真は「自適の今日)ブログから転載)
 
 

今日、東京で行なわれた鹿児島のお祭りを見に行った。
「5月12日、13日の2日間、道玄坂・文化村通りなどの渋谷エリア一帯で「渋谷・鹿児島 おはら祭」が開かれる。今年で10周年を迎える恒例の大規模パレードで、当日は約2,000人の踊り手が参加し週末でにぎわう渋谷の街を練り歩く」(シブヤ経済新聞から引用)
渋谷・鹿児島おはら祭
11回目を迎えた渋谷のおはら祭だが、今年は篤姫人気にあやかって、「篤姫コンテスト」や「篤姫行列」を行なうそうだ。渋谷は、お嫁入り前の一時を過ごした「薩摩藩邸」や終生暮らした「徳川家千駄ヶ谷屋敷」があるなど、篤姫ゆかりの地。鹿児島への関心を引付けたいと関係者は苦労している(?)

18日「本まつり」の道玄坂パレードを見物し、写真を撮った。こげ茶の和服を着流した巨大人形は、曽於市のシンボル「弥五郎どん」。約5メートルの巨体に刀の二本差し。弥五郎どんは薩摩武士なのだ。
渋谷・鹿児島おはら祭
東京では、原宿のスーパーよさこい新宿のエイサーなど地方発の祭イベントが盛んだ。夏に神宮外苑で日本の祭りを一堂に集めたイベントもあった。かっての地方文化の紹介から、最近では互いに元気付けあうことへ、目的に変化が見られる。

おはら祭は、毎年60万人以上が訪れる南九州最大規模の祭りだそうだ。道玄坂には、各地の鹿児島県人会の旗がひしめいた。関東県人会、渋谷県人会、、、、種子島の旗も。
国内随一の規模と結束力を誇る鹿児島の県人会。世代交代につれ最近ちょっと元気が足りないと言われているが、祭の熱気はそんな懸念を吹き飛ばした。
渋谷・鹿児島おはら祭
渋谷おはら祭を主催するNPOは、渋谷の街の活性化と郷土芸能の継承をイベントの目的に挙げている。渋谷と鹿児島の文化交流も狙いのひとつだそうだ。交流を通して、大都市と地方の地域格差の解消につながって欲しい。

国も自治体も民間も地方経済の活性化に力を注いでいるが、効率的な資金の投入や新味ある事業アイデアや活動を担う人材の育成など、効果を上げられる施策が求められている。一過性に終らないで息長く続けることも必要だ。
祭りを通じた都市と地方の交流は、互いの文化への影響だけでなく、経済効果が上がることが大切。経済的豊かさがあって初めて文化の華が開くのだから。
 
 

4月17日朝日新聞記事NPO法改正の機運が強まっていると、先月の報道にあった。NPO団体や超党派の議員連盟が、応援したい団体を指定して住民税の数%を助成できる支援制度の導入や認定NPO法人の要件緩和などの寄付税制を改める動きを始めているそうだ。(やましまやしま:NPO議連、関連法改正に動くを参照)

そもそもNPO法(特定非営利活動促進法)は、議員立法として超党派で成立させたもの。エンジェル税制等の寄付拡充が当初から望まれていた。
NPO法が出来てから十年、NPO法人は全国で3万3千を超えたという。ずいぶんと身近な存在になった。国や自治体など行政が、財政の制約から公共活動の担い手としてNPO法人を活用しつつある(一説に、安く使える下請け的存在として)。NPO側としても、社会の期待に答えるためには活動資金がもっと必要だ。NPOの資金問題は、いまや社会的関心事といえる。そんな中での法改正への期待である。

一方で、社団・財団等公益法人の寄付制度は改正済み。2006年5月に成立した公益法人制度改革3法が2008年12月1日に完全施行されると、一般の社団法人・財団法人は公益性の認定を受けた法人(公益社団法人・公益財団法人)となり、寄付金の税額控除を受けられるようになる。すると、NPO法人を社団や財団など公益法人に組織替えしようという動きが、今後見られるかもしれない。

NPOは簡単に作れるのが大きなメリットだ。公益法人は、基本財産など設立のハードルが高い。市民社会が成熟へ向かうためにも、公共の担い手としてNPO法人の育成を図るためにも、寄付制度の速やかな改正が望まれる。
(画像は4月17日朝日新聞記事、クリックすると拡大します)
 
 

Next Page »